心理実験

文字数 1,771文字

 かかしを狛犬に立てかけていると、雄太と亮平が競争しながら石段を駆け上がってきた。亮平が息を切らせてガッツポーズをした。
「よっしゃ、明日の揚げパンいただき!」
「ちょっと待って、今日は足首の調子が悪い。本調子じゃないからその賭けはやっぱなしで」
「ふざけんなよ、そしたら約束違うだろ」
 二人の荒い息が落ち着いてきた頃に正樹がぶらぶらやってくる。思ったとおり、ウメが最後だ。真は雄太たちにこの心理実験まがいのどっきりの説明をした。
「このかかしが実際の友達だってウメに信じ込ませるってこと? なんかおもしろそうだけど、本当にそんな簡単に人の記憶って変わるもんなのか?」と雄太は疑わしそうに言った。
「ぜったい無理だよ」正樹が鼻で笑った。「もしできたら、俺の持ってるカードダスでなんでも好きなのやるわ」
「うそ? 大猿ベジータも?」
「いいよ。その代わりできなかったら、お前のカードダスもらうぞ」
 最初は真の実験にそこまで本気じゃなかった俺も、賭けになったことでやる気の度合いが変わってきた。正樹は、俺がずっと欲しくてたまらなかった大猿ベジータを持っている。過去のシリーズのカードなので、もう自分で引くのは無理だった。賭けに勝ったらそれが貰えるし、もし負けたら俺は何かを取られてしまう。
「よっしゃ、交渉成立。そのかわり、ネタばらしとかの邪魔はぜったいすんなよ」
「わかった。どっちにしろ無理だと思うけどなあ」
 ウメが急ぎ足で石段をあがってきたとき、俺たちはかかしが輪に入るようにしながらFF6の話をしていた。
「よー、ウメ。FFどこまで行った? 正樹はアルテマウェポン倒したってよ」
 息を少し弾ませたウメに俺は声をかけた。ウメはFFよりも狛犬にもたせかけてあるかかしが気になる様子だった。
「どうしたの、このかかし」
「かかし? 何言ってんだお前」
「え? これ。このかかし」
 ウメが指差すかかしに俺たちは一斉に怪訝そうな顔を向ける。
「お前、カズキをかかし呼ばわりかよ」雄太が顔をしかめた。「たしかに痩せてるけどさ」
「あはは、失礼なやつだな。カズキ、怒っていいぞ」亮平がかかしの肩に手を置いて言った。そんな様子を見て、正樹はふっと声を漏らして苦笑した。
「だってこれかかしじゃん。なに、みんなでからかおうとしてる?」
 開始から一分もしないうちにばれそうになったが、あまりに早すぎるのでもう少し粘ってみようと思い、俺は真面目な顔をウメに向けた。
「ウメ、おまえ本気で言ってるのか? まじでカズキがかかしに見える?」
「おまえ、いい加減にしろって。しつこい冗談つまんねーよ」
 雄太のきつい声にウメの表情が不安そうに曇り、俺たちの顔色を伺うように目を泳がせたので、俺はさらに真剣な表情を装った。
「ウメ、本当にかかしに見えるのか?」
 真が深刻そうな声で聞いた。ウメの目に怯えの色がさし、返事を戸惑っている。
「もし本当にかかしに見えるならやばいぞ」真はさらに声を重くする。
「脳みその、この辺の部分の血流が減少してたり、もっと悪いと固まった血が血管をふさいでいるのかもしれない」真は自分の後頭部辺りをぽんぽんと叩きながら言った。「この辺は視覚に関係している部分で、ここに異常があると幻覚を見たりするって本に書いてあった。病院に行った方がいいかもな」
ウメの瞳が恐怖でうっすらと潤んできた。脳の血管が詰まっていると聞かされたら、怖くならない人間なんていないのだ。
「そうだ、お医者さんに診てもらえよ」
「うん、帰って今すぐ病院行ってこい」
「なあウメ、冗談じゃないんだ。もし血管が詰まっていたりしたら、体が動かなくなったり言葉がしゃべれなくなったりする。頭蓋骨を開けて、つまった血を抜く手術をしなくちゃならない。よく見ろ、本当にかかしか?」
 ウメの顔色が真っ青になり、唇がかすかに震え始めた。ウメは目をこすり、何度も瞬きを繰り返しながらかかしをじっと見た。
 ウメがくるまえに真が言っていた。同調現象が起こる心理は、周りに同意しないことで気を悪くさせたくないという思い、あるいは周りが正しく自分が間違っているという思い、この二種類だという。どちらにも共通しているのは相手に対する気の弱さだ。
 ウメは潤んだ目を細めてかかしを凝視している。
「ほんとだ、見間違えてた」震える唇が言った。
「カズキくんだ」
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