正当化
文字数 1,392文字
翌日、隼は朝からむっつりと黙りこんで機嫌が悪く、僕が帰ったあとで何が起こったかすぐに想像がついた。僕や亮平が話しかけても、口の中で「うん」とか「ああ」とか一言二言もごもご答えるだけで、和希とは目も合わせようとせず、始終いらいらと貧乏ゆすりをしていた。
給食の時間が来ると隼の不機嫌な顔つきはさらに険しくなった。献立に隼の嫌いな野菜スープが出たのだ。隼は配膳されたスープを嫌そうな顔で眺めていた。
「なあウメ、俺の野菜スープやるよ」
隼は隣の席のウメにスープの器を差し出した。ウメは食事の手を止めて困った顔をした。ウメには好き嫌いがないが食が細く、低学年の頃は給食を全部食べきれないことも多かった。最近ではなんとか残さずに食べようと頑張っているが、無理をしているのか食べ終わるのはいつも一番最後だった。野菜スープを二杯も食べられるはずがないのだ。
「スープいらないなら俺もらうわ」
横で聞いていた僕が手を伸ばそうとすると、隼の目つきがさっと変わった。以前、窓ガラスに椅子を叩きつけた時の、あの目だった。
「俺はウメにあげたんだよ」
僕は伸ばした手を止めた。これは隼の「修行」の一環なのだと気がついた。胸にわだかまるもやもやとした濁水を排出するための儀式なのだ。自分より立場の弱い人間がいると確かめて安心する。そんな醜く原初的な快楽が満たされなければ、胸の濁水は澱むばかりだ。
「ほらウメ、早く食べちゃえよ」
ウメは困惑した顔でスープに目を落としていた。唇が細かく震えている。
「早く食えよ」
隼の声が鋭くなり、ウメは慌ててスープを飲み始めた。
「おいウメ、食いきれなかったら残しちゃえよ」
僕はウメの顔を覗き込んだ。ウメは苦しそうに顔をしかめて、少し涙目になっている。
「何言ってんだよ。太田先生がいつも言ってんじゃん。給食はちゃんと作ってくれている人がいるんだから、みんな残さず食べるようにって」
「じゃあお前が食べればいいじゃん」
「俺はウメのためを思ってあげてるんだよ。ちゃんと食わないから痩せすぎだし、身長だって低いまんまだろ」
隼の白々しい自己正当化は聞いているこっちを呆れさせ、うんざりさせた。きっと直登くんが「修行」をするときも、同じようなことを隼に言うのかもしれない。
「じゃあ、梅原。次の行から読んでくれるか」
その日の五時間目は国語の授業だった。先生がウメに音読を指示したが、ウメは立ち上がらない。真っ青な顔をして、両手で口を覆っている。
「どうしたウメ、大丈夫か?」
僕はウメに囁いた。ウメの腹が二、三回痙攣したと思うと、口を覆った手の間からびちゃびちゃと白いものが溢れて、机の上に広げた教科書を汚した。
「梅原、大丈夫か」
先生は急いでウメのそばまで来て、背中をさすった。
「誰か保健室まで連れて行ってくれるか?」
「僕行きます」
和希が立ち上がり、嗚咽するウメの肩を抱くようにして教室を出て行った。
「今からここ掃除するから、誰かバケツに水汲んできてくれるか。あと階段の下の物置にモップあるからそれも取ってきてくれ」
亮平が物置へと走り、僕と隼と正樹はバケツを持って水道に向かった。
「なあ」
廊下に出ると、隼は不安そうな声でささやいた。
「俺がウメにスープあげたの、先生にばれないかな」
僕は驚いて立ち止まり、思わず隼の顔をまじまじと見つめた。
「ウメのためを思って食べさせたんだけどなあ」
給食の時間が来ると隼の不機嫌な顔つきはさらに険しくなった。献立に隼の嫌いな野菜スープが出たのだ。隼は配膳されたスープを嫌そうな顔で眺めていた。
「なあウメ、俺の野菜スープやるよ」
隼は隣の席のウメにスープの器を差し出した。ウメは食事の手を止めて困った顔をした。ウメには好き嫌いがないが食が細く、低学年の頃は給食を全部食べきれないことも多かった。最近ではなんとか残さずに食べようと頑張っているが、無理をしているのか食べ終わるのはいつも一番最後だった。野菜スープを二杯も食べられるはずがないのだ。
「スープいらないなら俺もらうわ」
横で聞いていた僕が手を伸ばそうとすると、隼の目つきがさっと変わった。以前、窓ガラスに椅子を叩きつけた時の、あの目だった。
「俺はウメにあげたんだよ」
僕は伸ばした手を止めた。これは隼の「修行」の一環なのだと気がついた。胸にわだかまるもやもやとした濁水を排出するための儀式なのだ。自分より立場の弱い人間がいると確かめて安心する。そんな醜く原初的な快楽が満たされなければ、胸の濁水は澱むばかりだ。
「ほらウメ、早く食べちゃえよ」
ウメは困惑した顔でスープに目を落としていた。唇が細かく震えている。
「早く食えよ」
隼の声が鋭くなり、ウメは慌ててスープを飲み始めた。
「おいウメ、食いきれなかったら残しちゃえよ」
僕はウメの顔を覗き込んだ。ウメは苦しそうに顔をしかめて、少し涙目になっている。
「何言ってんだよ。太田先生がいつも言ってんじゃん。給食はちゃんと作ってくれている人がいるんだから、みんな残さず食べるようにって」
「じゃあお前が食べればいいじゃん」
「俺はウメのためを思ってあげてるんだよ。ちゃんと食わないから痩せすぎだし、身長だって低いまんまだろ」
隼の白々しい自己正当化は聞いているこっちを呆れさせ、うんざりさせた。きっと直登くんが「修行」をするときも、同じようなことを隼に言うのかもしれない。
「じゃあ、梅原。次の行から読んでくれるか」
その日の五時間目は国語の授業だった。先生がウメに音読を指示したが、ウメは立ち上がらない。真っ青な顔をして、両手で口を覆っている。
「どうしたウメ、大丈夫か?」
僕はウメに囁いた。ウメの腹が二、三回痙攣したと思うと、口を覆った手の間からびちゃびちゃと白いものが溢れて、机の上に広げた教科書を汚した。
「梅原、大丈夫か」
先生は急いでウメのそばまで来て、背中をさすった。
「誰か保健室まで連れて行ってくれるか?」
「僕行きます」
和希が立ち上がり、嗚咽するウメの肩を抱くようにして教室を出て行った。
「今からここ掃除するから、誰かバケツに水汲んできてくれるか。あと階段の下の物置にモップあるからそれも取ってきてくれ」
亮平が物置へと走り、僕と隼と正樹はバケツを持って水道に向かった。
「なあ」
廊下に出ると、隼は不安そうな声でささやいた。
「俺がウメにスープあげたの、先生にばれないかな」
僕は驚いて立ち止まり、思わず隼の顔をまじまじと見つめた。
「ウメのためを思って食べさせたんだけどなあ」