文字数 1,500文字

 翌朝、社の石段に腰掛けて少年マガジンを読んでいると誰かが俺の前に立つ気配がした。
「よう、久しぶり」
 真だった。前にあった時よりずいぶんと背が高くなっていて、その上に体型に不釣り合いな童顔がのっている。
「おお、久しぶりじゃん。なんか見ないうちにいきなり背が伸びたな」
「これはな、実は変装だよ。見破るとはたいしたもんだ」
 真がにやりとして言い、その漫画みたいなセリフがあまりにばかばかしくて俺は思わず吹き出した。
「ウメが帰ってきてるぞ」
「うん。だから今日、久しぶりにここ来てみたんだ。まだきてない?」
 真は小五の時に東京からこっちへ転校してきたので、この辺の人間では珍しく標準語のイントネーションで喋る。
「まだきてないよ」
「きてないか。残念。まあいいや。ちょっと顔見に来ただけだし」真は腕時計を確認すると「じゃあな」と言って立ち去ろうとした。
「待たないの? もうそろそろくるんじゃないか」
「今日これから学校で夏期講習あってさ。もういかないとまずいんだ」
「おお、だるいな。がんばれよ」
「ウメがきたらよろしく言っといて」
 真は手を振って石段を駆けるようにおりていってしまった。俺はまたマガジンを読み始めた。はじめの一歩を読み終えたころ、石段を上がるウメの足音が聞こえてきた。
「よう、おはよ。下で誰かに会わなかった?」と上がってきたウメに聞いた。
「いや、誰にも会わなかったよ」
 真の奴もう少し待ってればよかったのにと思ったが仕方ない。夏休みは一ヶ月もあるのだし、そのうちまた会う機会もあるだろう。
 俺は読み終わったマガジンをウメに渡した。
「マガジン読んでないから話の続きがわかんないな」と言いながらぱらぱらページをめくっていると、石段を弾むように上がってくる足音が聞こえた。
「雄太がきたぞ」俺が肘でウメをつつくと、ウメはうれしそうに顔を輝かせた。
「うぃーっす」
 へらへら笑いながら現れた雄太は髪が金髪になっていた。
「うわ、おめー何だよその髮。だっせーな」
「夏休みだからさーやっぱし弾けないとダメでしょ! このおしゃれヘヤーで宮まつり繰り出せばモテモテ間違いなしだべ? 浴衣姿の女の子に声かけまくんべよ、おぉい」
 テンション高くそんなことを北関東訛りでべらべら喋って、雄太は腰を揺らして奇妙な踊りを踊っている。
「お?」
 俺の横でにやにやしてるウメに気づいて雄太は不思議そうな顔をした。
「あいかわらず朝からテンション高いね。そういえば朝の会の時にいっつも河原先生にうるせーっ! て怒鳴られてたね」
 四年の頃の担任だった河原先生は血圧が低く、朝のホームルーム時はいつも牛乳のような顔色をしながら出席をとり、不機嫌そうにぼそぼそと朝の連絡事項を伝えていた。朝からぎゃあぎゃあ騒ぐ雄太を怒鳴ってやっと目が覚めるんだと口癖のように言っていた。
「おーっ! おまえウメかぁ」雄太の顔がぱっと明るくなる。
「いま東京に住んでんじゃなかったっけ? なになに、どうした? またこっち戻ってきた? また父ちゃん転勤?」
 ウメが戻ってきた理由を説明すると雄太は残念そうに唸った。
「じゃ、こっちにいるの夏休み中だけか。そんな悪いの? 気管支」
「今年の春にちょっとごほごほしてたくらいで今はもう全然平気。うちのお母さんが心配性だから」ウメは苦笑した。「まあ、みんなとも久しぶりに会いたかったし。こっち滞在するのも悪くないかなと」
「よっしゃ、そういうことならこの夏は遊びまくろうや! とりあえずおまえら二人、今夜夏休みの宿題持っておれんち集合な!」
「宿題? どうせわかんないとこウメに教えてもらおうって魂胆だろ」
「バカ、全部庭で燃やすんだよ」
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