虚偽記憶

文字数 1,335文字

 翌日、俺は宿題を忘れた。そのうえ漢字のテストの点も良くなかったので、放課後に残されて一時間ばかり漢字の書き取りをさせられた。そのせいでいつもよりだいぶ遅れて社へ向かった。石段を登っていると上から賑やかな笑い声が聞こえる。二段飛ばしに駆け上がると、昨日と同じようにみんなでかかしを囲んで楽しそうに喋っている。俺に気付いた真が意味ありげな目配せをした。
「やっーと終わったわ。漢字書きすぎて手がいてえよ」
「お前テスト何点だったの?」
 半分いかなかったと言うとみんなから笑われた。一番低い亮平でも七十点だったらしい。
「カズキなんか九十六点だってよ」と雄太が親指でかかしを差した。
「はあ? お前なんでそんな取れんだよ、むかつくなあ」俺は話を合わせた。
「カズキくん、規則の則にさんずいつけちゃったんだって」
 ウメが笑いながらかかしに話しかけていた。俺は驚いてウメを見た。雄太と亮平はかかしに話しかけるウメを見ながら笑いをこらえている。正樹だけが気味悪そうに少し眉をひそめていた。
 観察していると、ウメとかかしで会話が成立しているようだった。ウメはかかしに話しかけ、無言の汚れた布がまるで何か喋っているように相槌を打ち、ときおり声を出して笑っている。みんなに合わせるために芝居をしているようには見えない。仲の良い友達と自然に会話しているときの様子そのものだった。昨日の真の言葉がふと思い浮かんだ。偽の記憶を植え付けるには、その記憶をイメージさせる必要がある。
「来月遠足あるね」と俺は亮平に切り出した。
「日光だよな。俺、こないだの春休みに家族で行ってきたんだよな」
「楽しかった?」
「正直、あんまりだな。寺とか神社見てもよくわからん」
「やっぱ去年と一緒で那須ハイがいいよなぁ。またジェットコースター乗りてえ。なあ、ウメ」
「僕は神社のほうがいいかな。ジェットコースター乗ると酔っちゃうから」
「那須ハイ行った時、行きのバスでウメとカズキ隣同士だったよな」
 俺が聞くと、ウメは少し上の虚空を見て、思い出そうとしているようだった。
「そうだっけ。隆雅くんとだったような気がするけど」
「いや、カズキとだよ。隆雅は俺の隣だったもん。カズキは覚えてるでしょ」うまく話を合わせながら亮平がかかしに話しかける。「ほらうなずいてるじゃん」
「目つぶってよく思い出してみろよ」俺はバスの中の様子を思い起こさせるような単語を並べた。東武の貸切バスで、紫色のシートで、俺と雄太がお前らの横の席で、カズキがみんなにミルキィをくれた。ウメは目を閉じて考え込んでいた。
「うん、なんだかそうだった——、気がする」
「いや絶対そうだよ。なんで一年前のこと思い出せないんだよ。おじいちゃんかよ。なあカズキ、覚えてるだろ」
 俺はかかしをみた。のぺっらぼうのボロ布からちょろちょろと細いワラが突き出して、風で微かに揺れている。
「ええと、ミルキィはもらった記憶がある」
「思い出した?」
 ウメが迷いのない声で答えた。
「うん、そうだ。カズキくんがミルキィくれたんだ」
 バスに乗っている記憶の断片と、誰かがミルキィをくれた記憶の断片がウメの頭の中で溶け合っていく。ウメは家に帰って去年の遠足を思い描くはずだ。現実と想像の区別もつかないままで。
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