第19話

文字数 861文字

 健人は久しぶりに東京に降り立った。
 警備員の研修は宿舎が用意されていた。研修期間は基本的なことから実地訓練まで、厳しく行われるという。警備会社は新宿の雑居ビルの三階にあり、四階と五階が寝泊まりできる簡易宿舎になっていた。
(ずいぶん狭いところだなぁ……ここで二ヶ月かぁ……きついな)これが正直な感想だった。
 でも、健人はどうしてもあの時と同じ体験を現場でしてみたかったのだ。時を戻し、記憶を整理する必要があった。たまたま起きた事件で、被害者はマイラではないと証明する必要がーー。


 健人には東京にいる間に訪れたい場所があった。住んでいたアパートとバイト先の喫茶店だ。店長の人懐っこい顔が浮かぶ。
 
 五月の爽やかな日だった。
 研修期間の貴重な休日に、健人は懐かしい場所を訪ねてみた。

 喫茶店はイタリア料理の店に変わっていた。店内は改装されていたが、キッチンは当時の面影を残していた。ドアのベルもなく、陽気な店へと変わっていた。

 健人はランチメニューを頼み、若いアルバイトと思われる女性店員に尋ねてみた。
「ここがイタリア料理店になる前の店のことをご存知ないですか?」
「いいえ、私は近くの大学の学生で、春からアルバイトを始めたばかりなので以前の店のことは何も……すみません」
「そうですか。変なことを聞いてすみませんでした」
「いえ…‥飲み物をすぐお持ちいたします。少々お待ちくださいませ」
 マニュアル通りの初々しさがあり、自分のバイト姿を重ね合わせて、ふと笑みがこぼれてしまった。

 店長はどんな人なのだろうか……店長はたまにしか店には顔を出さず、料理人は雇われシェフだと、その店員は教えてくれた。とにかく明るい雰囲気の店に変わっていた。

 健人は以前に住んでいたアパートを訪れて、古い建物だが、まだ残っていることを嬉しく思った。健人は大学のキャンパスにも足を運び、四年間の思い出に浸った。いろんな経験をしたことが、今の自分の全てになっているんだなぁと振り返り、体の奥底から湧いてくる力を感じていた。歩んできた道を後悔はしていなかった。
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