第11話

文字数 1,455文字

 六月三十日。ついにその日はやってきた。
 健人は店長から頼まれた日から、いつものスケジュールと変わりなくバイトをこなしていた。店長にも特に変わったところもなく、健人は頼まれたことを忘れていたくらいだった。

 今日はユリに会える。朝から、何を着て行こうかと何度も着替えた。靴を選び身支度を整えて時間に余裕をもってアパートを出た。
 健人は晴れ男だった。大事な時は必ずといっていいほど天気が良い。
 
 会場近くになるとあきらかに人が増えてきた。いつもより混んでいることは間違いない。こんな状況でマイラを見つけることができるだろうか。健人の方は顔はわかるが、マイラは健人を知らない。こんな異国の地で一人ぼっちだなんて、さぞ心細いことだろうと思う。
 絶対に見つけて早く会場へ案内してあげないと。
 店長の顔が浮かんだ。

 健人は人混みをかき分けて駅前にいるそれらしき人物を片っ端からチェックしていった。十分ほどウロウロしていると小さな女の子が目にとまった。
(あっ、いた。間違いない)

 赤いボレロとワンピースを着たマイラが柱にもたれて不安そうにキョロキョロしていた。
「マイラ」声をかけて写真を見せると小さくうなづきマイラは僕の手を握ってきた。
「会えて良かった、マイラ。お待たせ。さぁ、行こうか」
 手を引いて歩き出すとすぐにマイラはちょっと歩くのをためらったようだった。
「大丈夫。人は多いけど僕についてきて」ともう一度、さっきより強く手を引っ張ると今度はしっかりとした足取りで僕についてきた。子供の足で十分ほどで待ち合わせのベンチに着いた。
(ここだな。言葉もわからないのに不安だろうな)と思いながら、
「マイラ、ここに座っていればお迎えがやってくる。いいね、ここを動いてはダメだよ」
 マイラはおとなしくベンチに座ると上目づかいに何か言いたげに僕を見上げた。
「イビガイコサイヨ……」と小さな手に握りしめていた青い石のついた指輪を差し出した。
「えっ、何?これ僕にくれるの?」
マイラはこっくりうなづいた。健人は手に乗せられたその指輪を見て言った。
「マイラの大切なものなんじゃないの?」
「イビガイコサイヨ」
マイラは意味のわからない言葉を繰り返した。そして、無理やり手渡すとうつむいてしまった。健人は一瞬ためらったが、マイラのお礼の気持ちなのだろうと思い、「ありがとう」と受け取った。

 小さなマイラを一人残すことは不安だったが、店長との約束はここまでだ。
「さよなら、またね」と手を振り、健人はその場を離れた。
 受け取った指輪は傷だらけで石にもくっきりと傷がある。
(とても高価にはみえないなぁ)と無造作にポケットに突っ込んだ。
 少し歩いたところで後ろを振り返ると、マイラが細身の女性に手を引かれ会場内に入っていく後ろ姿が見えた。
(良かったぁ。担当の人と会えたんだな)
 ちゃんと約束を済ませたことを念の為、店長に電話で報告した。
 店長は「ありがとう、助かったよ。あとは思う存分デートを楽しんでくれ。彼女によろしくな」といつもと変わらない優しい口調だった。

 健人は無事に約束を果たせたという安堵感を味わっていた。
 健人は駅まで戻り、長居できそうなコーヒーショップをさがした。ランチをしながら大学のレポートも済ませる予定でパソコンを開いた。
 静かな店内はランチで混雑することもなく作業ははかどった。思いのほか集中しすぎて時計を確認すると十四時三十分。
(おっと、ユリとの約束に遅刻しそうだ)
 パソコンを閉じようとしたその時、ニュース速報が流れてきた。
  
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