第29話

文字数 869文字

 マリアの話を静かに聞いていたユリは隣で涙を流していた。気づいた健人はそっと手を取り話を続けた。
「僕はマリアさんに話さなければならない事があります。当時、僕は大学生でした。喫茶店でアルバイトをしていました。その店の店長は優しいとてもいい人でした。ある日、僕は店長に頼まれて知人の少女を会場まで案内してほしいと……。まさに国際児童フォーラムが開催される会場です。そこで会ったのがマイラだったのです。彼女は初対面の僕にこの指輪をくれたのです」
 健人は首にかけた指輪をマリアに渡した。
 指輪を受け取るとマリアは涙を浮かべ
「これは、ニコルが大事にしていた指輪だよ。そうそう、ほらここにジャスティンのJ、ニコルのNのイニシャルがあるだろう。間違いないよ。あなたも騙されて心に辛い傷を負った。自分を責めるべきではない」
「事件のあと僕はずっと考えていました。マイラは自分が死ぬことを知っていたのかもしれない。だから、お母さんに会いたい、この指輪とともに、お母さんのもとへ連れていってほしいという思いを、この僕に託したのではないかと……そう思いました」
「健人さん、ユリさん、ありがとう。きっとマイラの願いはそうだったのでしょう。でも、もうこの世にニコルもジャスティンもマイラもいない。ここにいるアントニオが私のたった一人の孫なのです。どうかこの指輪を二人に届けてあげてくれませんか?マイラもきっと両親のもとにいるはずです。二人の眠る海へ、どうか届けてあげてください……」
「マリアさん、私たちは北海道に住んでいます。いつか日本を訪れる機会があったら必ず寄ってください。今日は辛い過去を思い出させてしまって申し訳ありませんでした。僕を許してくれてありがとうございます。この指輪は必ず海へ、マイラの家族のもとへ届けます。それでは、いつかまたお会いできることを願っています」

 アントニオはタクシーを呼んでくれた。
「アントニオ、君のおかげでマイラの思いを届ける事ができた。本当にありがとう。また会える日まで、さようなら」
 アントニオは軽く微笑み、手を振ってくれた。

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