第8話

文字数 1,526文字

(今日は初日だ。少し早く行って準備をしよう)
 健人は店の前に自転車を停めることが気になっていたので徒歩で出かけることにした。そして、帰宅は夜だし、きっと疲れて何もせず寝てしまうんだろうと思い、出かける前に明日の授業の準備をして出かけた。
(やっぱり緊張するなぁ)

 十分ほどで店に着いた。
 カランコロン……店のベルが鳴った。店長は待っていてくれて、すぐに、こっちこっちと店の奥へ案内してくれた。
 キッチンの奥に小さな休憩室があって、ロッカーが五つ並んでいた。
「五番のロッカーにエプロンが入っているから、それを使ってください。バイト中はロッカーの鍵はちゃんとかけてね。トラブルは避けたいからね」

 店長は、洗面所と備品倉庫を案内してくれた。その後、仕事の簡単なルール説明を受けた。仕事は、最初はお客様対応のみ。慣れてきたらレジと簡単な調理も手伝ってもらうとのこと。
(まずは粗相のないようにちゃんと落ち着いて接客をしよう)

 健人は店内にお客様がいないことを確認し、掃除の仕方や備品の手入れなどの作業を教えてもらった。
 健人はもともと、人と話をしたり何か行動したりするのが苦ではなかった。どちらかと言えば得意な方だ。

 カランコロン……
(きた……)
 一人目のお客様だ。中年の女性が一人で来店。窓際の奥の席に座った。座るとすぐ外を気にし始めた。誰かと待ち合わせをしているのだろう。目で合図をされたので、すぐに、
「いらっしゃいませ。ご注文はお決まりでしょうか?」と水とおしぼりをおいた。
「アイスコーヒーを」
「はい、かしこまりました。少々お待ちください」
 注文票にチェックをして店長に渡す。昔ながらのやり方だ。コーヒーは豆から挽いてくれるので、ちょっと時間はかかるが、とてもおいしいと評判のようだ。

 健人は初めてい訪れたとき、店内のコーヒーの香りがとても気に入った。香りだけで気分が落ち着く。淹れたてのコーヒーはとても美味しかった。一瞬で店のファンになった。

「お待たせいたしました」 

 お客様のテーブルにアイスコーヒーを置いた時、カランコロンと音がして、中年の男性が一人入ってきた。

「こっちこっち。いま来たところよ」

 女性が来店してから十五分ほど経っていた。

「そう、ちょうど良かった。じゃ、同じものを」
「はい、かしこまりました。少々お待ちください」

 同じテーブルにアイスコーヒーを運んだ。

 その後も、常連さんらしき人が何人か来店し、初日にしては大きなミスなく閉店時間を迎えた。

「お疲れ様。今日はもう店を閉めよう」

 時計を見ると十時まであと十分ある。最後のお客様が早く帰ったので今から来るお客はさすがにいないということらしい。

「はい、では営業中の札を片付けてきます」

 健人はどっと疲れがでた。さすがに緊張していたようだ。フーッと息を吐いてロッカーでエプロンを外すとリュックを背負った。店を出ようとした時、店長が声をかけてきた。

「初日はどうだったかな。その調子で明日からも頼むよ。あぁ、それから、自転車乗ってきていいよ。裏に停めてもらえばいいからね。じゃあ、お疲れさま」とキッチンへ戻っていった。店長は自分の行動をちゃんと見ていてくれたのだ。その優しい気遣いが嬉しかった。
(ここならやっていけそうだ。一日も早く慣れるように頑張ろう)と思い、夜の寂しい商店街を足早にアパートへ向かった。

 今日一日の出来事はユリにラインでちゃんと報告した。夜遅いことと、ユリがレポートで忙しくなると言っていたことを思い出し、電話はしない方がいいと判断した。すぐに、お疲れ様とおやすみなさいのスタンプかま送られてきた。それを確認すると健人はごろっと寝転んだ。

 そしてすぐに深い眠りに落ちてしまった。
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