4 アリストテレス『政治学』(3)
文字数 2,151文字
「大多数の国家と大多数の人々にとって、最善の国制とは何であり、最善の生とはどのようなものであるのか。ここで問題にしているのは、普通の人には手の届かない徳や、素質や財源に運よく恵まれていることを必要とするような教育や、望みどおりの国制を基準とするのではなく、大多数の人々が共有することのできる生や、大多数の国家があずかることのできる国制を基準とした場合の最善の国制であり、最善の生である。(中略)幸福な生とは徳に即した妨げのない生であり、その徳とは中間(デンケン注:中庸と言い換えた方がハマるだろう)にほかならないという、倫理学的著作において述べたこの考えが正しいとすれば、中間の生こそが、つまり各人が手に入れることのできる中間の生こそが最善の生でなければならないことになる。そして、国家のよしあしにも、また国制のよしあしにも、これと同じ基準が当てはまるのでなければならない」[『政治学』:P222]
繰り返しになるけど、大多数の国家共同体は、少数の富裕層(VS)多数の貧困層という火種を抱え込んでいる。
だから、不安定になるんだ。
共同体が引き裂かれてしまう
そこでアリストテレスは富裕層でもなく貧困層でもない中間層に目をつけたんだ。
中間層が、いわば接着剤のようになり、富裕層と貧困層との致命的分裂を防ぐ。
また、中間層が、富裕層=寡頭制と、貧困層=民主制とを、いわばハイブリッドにつなぎ、橋渡しをすることになる。
引用しよう
「国家共同体の場合にも、中間層にもとづくものが最善であるということは明らかであり、善く治められることのできる国家とは、中間層が厚く、できれば(富裕層と貧困層の)両者よりも力があるか、もしそれができないならば、両者のどちらか一方の部分よりは力があるような国家であるということは明らかである。なぜなら、その場合には、中間層がどちらか一方の側につくことで形勢を変えることができるので、正反対の極端な国制が生じるのを妨げることになるのだから。だからこそ、国家を治める人々が中程度の十分な財産を所有しているならば、それはこの上なく幸福なことなのである。なぜなら、莫大な財産をもつ者と財産をまるでもたない者とに分かれるところでは、極端な民主制か、混じりけのない寡頭制か、あるいはこれら両極端の帰結として、僭主制が生まれるからである。民主制も寡頭制も、それが過激なものであれば、そこから僭主制が生まれる。しかし、中間層からなる国制やそれに近い国制から僭主制が生まれることははるかに少ない」[『政治学』:P223-4]
ん~、なんか、一億総中流だった頃の日本が一番イイ、みたいな?
そんな感じ? に近い?
一億総中流ってのがさ、果たしてリアルなものだったか、あるいは幻想だったか、については議論の余地があるだろうけど、仮に幻想だったとしてもね、みんなが中流だと思ってりゃ分裂はしないわけだ
アリストテレスが一番嫌うのは独裁的な僭主制だ。
でね、少数の富裕層(VS)多数の貧困層という火種を放置すると、僭主制を生むリスクが高くなる。
だったらね、理念的な話ではなしに、あくまでローリスクな現実的なね、国家の安定策としては、中間層を育てるのがイイ、ってことだよ
平凡に聞こえるってことは、現代人もみなアリストテレスと同じように考えてるってことじゃない。
すごくない?
アリストテレスは紀元前の人だぜ!
日本でも、バブル崩壊してからというもの、やれ格差だ! 貧困だ! と騒がれたじゃない
なぜ格差や貧困がダメなのかというと、社会的分断を生むからだ! とされる。
これ、いってることはね、アリストテレスとまったく同じでしょ。
そういう意味ではさ、ぼくらは尚依然としてアリストテレス『政治学』の影響下にあるんだ
もっというと、少し前から、ポピュリズム(ポピュリスト)がどうのこうのというじゃない。
たとえば、うまくいってない貧困層がアメリカのトランプを後押しした、とかね
そんな発想もね、アリストテレスのロジックと基本は同じなんだよ。
なぜって、アリストテレスはね、
①貧困層が増大すると、民衆扇動家(ポピュリスト)に惑わされるようになる。
②で、この民衆扇動家が、次のステップとして、僭主=独裁者になる。
って、いってんだからさ
また、格差や貧困といった問題は民主主義をダメにする、っていうけどさ、これもアリストテレスがすでに指摘していること
こういってよければ、アリストテレスが『政治学』で述べてることはね、ぼくらの社会的無意識に沈殿してる、すでに血となり肉となってんだよ。
そういう意味では、至る所でね、パブロフの犬的(条件反射的)なアリストテレス風の言説がたくさん見られるよね
あれ?
デンさんはアリストテレスを褒めてんの? バカにしてんの?
べつに、どちらでもないよ。
ただ、ぼくらは未だに結構な割合でアリストテレス『政治学』の土俵の上にいる、ってことの自覚はあった方がいいだろうと思う
[引用文献]
・『アリストテレス全集17 政治学・家政論』神崎繁・相澤康隆・瀬口昌久訳、岩波書店、2018
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