2 アリストテレス『政治学』(1)
文字数 3,500文字
アリストテレス(前384-322)が遺した『政治学』というのは大変有名な書でね、後世に与えた影響は計り知れないよ。
でね、その中で用いられた「国家共同体」という概念の英訳が、まずは<civil society>の初出であり、今日ぼくらがイメージするような「(国家的横暴と闘う)市民社会」とは似ても似つかぬものだった、というわけさ
まず、最も基礎的な共同体として、人は「家(家政)」をもつ、とアリストテレスはいう。
まぁ、当たり前のことだけどね。
ただ、アリストテレスの場合、ちょっと差別的なところがあって、そもそも人の自然的性向としてね、「支配者(優れた者)/被支配者(劣った者)」の区別が生じてしまうのが常であり、具体的に言うと、「男(夫)/女(妻)」「自由人/奴隷」「大人(父)/子」の優劣としてそれが顕現してね、自ずから「家(家政)」を形成していく、とする。
簡単に言い直すと、集まって暮らそうとすればさ、自然と「男/自由人/大人」が「女/奴隷/こども」を従えるような共同体が生まれてしまう、ってことさ
とまぁ、それはさておき、でね、これら「家(家政)」が集まり、「村」を生む、とする。
アリストテレスは「村」について、「日々の生活のために自然にもとづいて構成された共同体」である「家(家政)」とは異なり、「複数の家からなる、日々の生活に限定されない必要のための共同体」[『政治学』:P21]だという
簡単に言うと、「家(家政)」というのは食ってくだけで手一杯だったり、目先のこと(欲求充足)だけしか考えてなかったりするんだが、家々が集まり「村」ができれば、何かと助け合うことでね、当然、少し余力がでてくるだろう?
つまり「村」の段階に至れば、それ以外のことにも手が回るってことさ
ただ食ってくためだけに人生の全時間を注ぎ込んじゃうとするなら、それって動物と同じじゃん? ってことよ。
アリストテレスはね、そんな生き方は善いものではないし、幸福ではない、と考えている。
つまり、ただ食ってくためだけの生活から自由になればなるほど、人はより善く生きられる、ようになる、とアリストテレスは考えるわけ
さらに付言すると、「家(家政)」の中ではね、自分たちのことだけを考えてりゃいいよね。主人のワガママはすべて許されるし。自分にとって善いことだけ求めてりゃいい。
けどさぁ、「村」になると、そうはいかないだろう?
自分たちだけのこと、いわば私利私欲はいったん脇へ置いてね、みんなにとって善いことを考えないといけないし、そうでなきゃ、そもそも「村」が成立しないよね。全員がワガママだったらさ
人はより善く生きようと思えば、集まって暮らす必要がある。
なぜなら、集まって暮らすことで、ただ食ってくだけの動物的生から自由になれるから。
また、集まって暮らすことで、人は私利私欲ではない、みんなにとって善いことを求めるようになる。
ちなみに、このみんなにとって善いことをね、共通善という
ところで、より集まれば集まるほど、たとえば分業なんかが進んでさ、より自由になれる(必要労働から解放される)よね?
また、より集まれば集まるほど、みんなにとって善いことは、より普遍的なものになる、でしょ?
10人にとって善いことよりも、1000人にとって善いことの方が一般性があるんだからさ
人は集まれば集まるほど、動物的生から解放されて自由になれる。
かつ同時に、集まれば集まるほど、みんなにとって善いこと=共通善は普遍的なものになる。
ただし、あまりに集まりすぎても、膨らんだ風船が破裂しちゃうように、逆にね、まとまりも悪くなっちゃうからさ、適度で、かつ最高度に集まった状態がね、一番いいんだ。
それをね、アリストテレスは国家共同体(ポリス)と呼ぶ
つまり、繰り返しになるけどさ、人は自然的性向としてね、より善く生きようとする。
でね、より善く生きようとすればさ、「家(家政)」を超えて「村」を超えて「国家共同体」をつくるようになり、みんなと一緒に最高度に自由となり、最高の善を求めて生きるようになる、というわけ。
それが、自然の本性に根差した流れだとね
ただ、一言だけ付け加えておくとね、アリストテレスが「人間は本性上ポリス的動物である」と言い切ったことの内にはね、「人々は互いに助け合うことを必要としないときでさえ、ともに生きることを欲するのである。たしかに、共通の利益もまた、それによって各人が立派に生きることにあずかるかぎり、人々を結びつける役割をはたす。実際、何よりもそのことが、共同体全体にとっても個人個人にとっても終極目的である。とはいえ、ただ生きることそれ自体のためにも、人々は終結して国家共同体を形成し、それを維持するのである」[『政治学』:P146]という含みがある。
つまり、損得勘定を抜きにしてね、私利私欲はもちろんとして、共通善、最高善すら抜きにしてもね、そもそも人というのは、その本性においてね、みんなと一緒に生きたい、それも、できるかぎりね、みんなと一緒により善く生きていきたい、という性向をもっているんじゃないの? ってアリストテレスは言ってるんだよ
[参考文献・引用文献]
・植村邦彦『市民社会とは何か 基本概念の系譜』平凡社新書、2010
・『アリストテレス全集17 政治学・家政論』神崎繁・相澤康隆・瀬口昌久訳、岩波書店、2018