6 音楽は「魂」によい?

文字数 2,813文字

ところで、朝倉君は文化施設で働いてるじゃない
えぇ、はい
アリストテレス『政治学』にね、ちょっと面白い記述があるから、紹介するよ

『政治学』末尾に公教育についての話がでてくるんだ。

アリストテレスはね、基本的な教科として、

①読み書き

②体育

③音楽

④図画

を挙げている。

①と④は実用的であり、②は勇気を育てる、とする。

勇気は戦士として共同体を守るにはふさわしい資質であるから、まぁ、実用的ともいえるけどね

さて、となると、音楽はなんの役に立つ?

なんで音楽をわざわざ公教育に含める?

といった疑問がわくわけだ。実用的じゃないからね

アリストテレスはいう

「音楽が魂の性格に何かある性質を与える力があるのは明白であり、もし音楽にそうした力があるのなら、若者に音楽を授けて教育すべきことは明らかである」[『政治学』:P430]

簡単にいうと、音楽は魂にとって善いってことだね

はい?

ていうか、現代人も普通にそう思ってない?

君たち文化施設の関係者もさ

ベートーヴェンは魂に善い、とか
まぁ、たしかに、文化芸術にふれると心が豊かになるって、みなさん当たり前のように言いますね

だよね。

そんなセリフをさも当然のような顔をして吐く人たちのことをね、ぼくはアリストテレス主義者と呼ぶことにする

それ、悪い意味で、ですか?

音楽は心地よいものだと思うけど・・・・・・

詳しくは別の機会に話すこととして、論点だけ記しておくとね、

①そもそも、魂とか心なるものを実体化してしまう思考は間違えている(この点については、チャットノベル『世界宗教探究Ⅰ:インド篇』で脳科学を援用しながら部分的に触れる予定)。魂は身体の中に入っていないし、心もまた脳の中には入っていない
音楽というインプット(S=刺激)が身体=脳に作用すると、中に入っている魂=心が豊かになる(R=反応)という、極めて単純なSR理論は、そもそも成立してないんだよ。

https://novel.daysneo.com/works/74e4566c2914912a141ca08628f51925.html

また、②音楽など芸術に触れると心が豊かになる、という言説は、そもそも空虚なんだよ。

これについては、チャットノベル『「社会包摂」が「過剰包摂」にならないためのABC』で少し触れているので、参照されたい。

https://novel.daysneo.com/works/ee8663c0e8bcf60540066965404f7812.html

その他、この、あまりに安易すぎるSR理論を批判し始めるとね、ほんとキリがなくなるから、まぁ、またの機会とするよ

さて、アリストテレスに戻ると、彼はね、魂に善い効果を与える音楽(や楽器)は好ましいが、そうでないものはダメだ、といっている。

ここは注目してよい。

たとえば、熱狂的なムードを煽る「笛」は基本的にはダメだというんだ。

今日でいうなら、ヴァイオリンは善いが、エレキギターはダメってことだろうね

ふぁい?
つまりね、アリストテレスは、音楽は魂にとって善いとしながらも、かつ同時に、これは善いけど、これはダメだ、という(勝手な)線引きもしてるんだよ

君たち芸術関係者がやってることも似てない?

音楽は魂に善い、つまり音楽にふれると心が豊かになる、としながらも、一方では、クラシック音楽は善いけれど、ヘヴィメタルはダメだ、とか、線引きをする

まぁ、言われてみれば・・・・・・

話せば長くなるから、一言だけに止めると、ここには西洋的あまりに西洋的な二項対立的価値基準が横たわっているんだよ。

たとえば、「精神(>)肉体」と「男(>)女」を使って説明するとね、

精神は肉体より優れており、男は女より優れている、

また、男は精神的な生き物であり、女は肉体的な生き物である、とかね・・・・・・

つまり、西洋的思考は、往々にして、+の概念と-の概念を対にしてね、「+(>)-」としてね、それぞれの「+」の項と、「-」の項を連結・接続していくんだよ。

たとえば、「硬いもの(>)もろいもの(移ろいやすいもの)」という二項対立的価値基準がある。

彫刻は硬いからね、芸術として価値があり、ファッションは移ろいゆくからね、劣るとされるんだわ、マジで。

もっというと、彫刻は男の仕事、ファッションは女の仕事、とか連結していく・・・・・・

また、男(の身体)は硬く、女(の身体)はもろい、とか連結していく・・・・・・

音楽の話に戻すとね、

「落ち着いたもの(>)慌ただしいもの」

「じっとしているもの(>)騒々しいもの」

という二項対立的価値基準がある。

たとえば、沈思黙考する哲学者は価値が勝り、あくせく動き回る労働者は劣る。

精神は落ち着いたものであり、身体は動き回るものだ。

と、似たような発想でもってね、ゆったりとした音楽は価値が勝り、胸の鼓動を慌ただしくドンドンと突いてくるような音楽はダメだ、劣るんだって価値観と容易に連結する

たとえば、ロックはダメってこと?

そういうことにされてしまうね。

ちなみに、ぼくはロック好きだからね、冗談じゃねぇ、と思う

文化芸術にふれると魂が潤うとか、心が豊かになるとか、魂=心を実体的なものにしてね、とらえている時点で(脳科学的に)間違えているんだが、それはさておき、「魂に善い音楽/悪い音楽」という(それこそ文化的に)恣意的な二項対立的価値基準をね、自覚も無しに(無批判に)持ち込んでくるわけだから、お~い、と苦言を呈したくもなる

でも、それだといわゆる相対主義に陥りません?

明らかに、イイものはイイ、っていうか、イイ音楽があると思うんだけど・・・・・・

どういう意味でイイというのか、については議論の余地があると思うが、ぼくは相対主義者でもないんでね、なにもかも所詮は恣意的な価値観の問題だ、とまでは言わないよ、もちろん

あるアーティストから、音響効果が健康状態に影響を及ぼすというデータがあるって聞かされた。

実際に論文とか見てるわけじゃないから、なんとも言えないが、あり得る、と思う。

物質的(周波数的)、あるいは化学反応的なレベルで、本能的なレベルで、音楽と身体が関係したとしても不思議じゃないよね?

そういう意味では、「善い音楽/悪い音楽」を完全に相対主義的価値観(文化)の問題に還元してしまうのは間違いだろう

いや、そういうことじゃなくて、明らかにダメなものってあるじゃん。

要するに、演奏が下手過ぎるのとか・・・・・・

うん、そうだね。

それはわかるよ

あと、ノリのいい音楽だと、気分もノッてくるじゃん


うん、そうだね
だったら、魂=心に作用してんじゃないの?
だからぁ、魂=心を(単体として)実体化するところが間違ってるんだって

ま、とりあえずね、この話はこのへんで止めておこうよ。

脱線してね、終わらなくなるから

は~い

[参考文献・引用文献]

・『アリストテレス全集17 政治学・家政論』神崎繁・相澤康隆・瀬口昌久訳、岩波書店、2018

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登場人物紹介

デンケンさん(49)・・・・・・仙人のごとく在野に生きることを愛する遊牧民的活字ドランカー。かつては大学院にいたり教壇に立ったりしていたが、その都度その都度関心があることだけを考えていきたい、という専門性を磨こうとしないスタンス、及び『老子』の(悪)影響があり、アカデミズムを避けた・・・・・・がゆえに一介のサラリーマンである(薄給のため独身、おそらく生涯未婚)。

朝倉恭平(30)・・・・・・ご近所の鷺ノ森市文化創造センターに契約職員として勤務。

(チャットノベル『毒男女ぉパラダイス!!』の登場人物・朝倉5年後の姿)

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