10 ホッブズ『リヴァイアサン』(3)

文字数 1,856文字

たとえば、1つ2つ引用してみよう
「自分の犯した罪について、主権者すなわち官憲によって取り調べを受ける場合、(赦免される保証なしに)自白する義務はない」[②:P96]
「臣民は自発的に同意しない限り出征を強制されることはない」[②:P97]

ホッブズは(国家の)主権者に権限を集中させるべきだ、しかも徹底的に大きくだ、としながらも、捕まったって臣民は自白しなくていい、とか、戦争へ行けといわれたって納得してないなら行かなくていいよ、とか、まるで主権者の権限を軽視するようなことを許している。

一見すると、矛盾しているように思える。

しかしこれには、理由がある

ホッブズが最重要視するのは、各人の生命の安全、ならびに、ただ命があるだけでは意味ないから、そこそこの暮らしを支えるための財、それが他人に奪われないこと、だ。

しかしすでに言ったように、万人が万人を敵とする闘争状態においては、それが期待できない。

いつ命を奪われるか、いつ財を奪われるか、わからないから・・・・・・

ゆえに、公権力を要請したわけだね

うん。そうだったね

ところが、だ。

そう思って公権力の傘下に入ったはいいが、逆にね、むしろ自分の生命が(その公権力によって)脅かされてしまうようでは本末転倒ってことになる。

だからホッブズは、たとえば、国家のために命を捨てよ! なんてことは絶対に言わない。

国家の存続より、自分の命のほうが優先するんだからね。

ただし、国家が征服される=自分が殺される(あるいは奴隷にされる)がゆえに、命をかけて戦う、という選択が勇敢だと推奨されることにはなるだろうが

国家=公権力は、なんていうの、所詮は自分の身を護るためのツールって感じ?
そこまでいうとドライだが・・・・・・

ホッブズの立論は3層仕立てでね。

まず第1層、根っこの部分には、自己保存の欲望がある。つまりは身の安全と私財の確保。

その上、第2層には、自然法がある。自然法は繰り返しになるが「公平・正義・慈悲・謙虚などの、守るべき倫理的な徳目」[②:P330]だ。

万人が自然法に従うなら、国家は不要だ。しかし、そうはいかない。

ゆえに、さらにその上、第3層に国家が誕生することになる。

ツールってドライに言い切ってしまうと、いくつかある手段の一つ、みたいな感じに聞こえてしまうけど、ホッブズ的にはね、安全保障のためには、他のツールがないんだから、ちょっとニュアンスが違うかなぁ

でも、大きくは外れてないでしょ?
まぁ、そうだね
もう一箇所引用してみよう
「眼前に迫った死の恐怖ゆえに法を犯すことを余儀なくされた場合、全面的に免罪される。(中略)食料やその他の生活必需品が欠乏し、法を破らない限り自己保存ができない場合がある。たとえば大飢饉に見舞われ、金銭で買うこともできず施しも受けられず、食料を手に入れることができなくなった状況下で、食料を力づくで奪うか盗む、あるいは自分の生命を守るために他人の剣を奪う、などの行為に走った場合、そのような行為は、先ほど述べた理由により全面的に免罪される」[②:P232-3]

え?

生きるためなら法を破ってもいいってこと?

ビックリだろ?

生きるために国家の傘下に入ってるんだから、国家が生かしてくれないのなら、従う義理もないってことさ

じゃ、食えなくなったら何をしても許されるってこと?
もちろん、他人のものを盗んだりすることは、まずは自然法が許さない
けど自然法を破ったって、罰則がないじゃん

だからね、ホッブズはこうもいう。

「不可抗力の事故のために、みずからの勤労による自活が望めない人が少なからず存在する。そのような人々は、民間の慈善に任せるのではなく国家の法によって(生活の必要に応じて)養ってやるべきである」[②:P307]

つまり、そうはならないように、国家的救済措置の必要性をうたってる

なるほど

さて、ここまでの話を簡単にまとめておこう。

ホッブズの立論の特徴はね、

①権限は徹底して一箇所(主権者)に集める、

けれども、それは各人の自己保存のためであるから、

②べつに主権者の奴隷になるわけじゃない(個人が優先)、

ってところかな。

だから、前にも言ったけど、ときどき「ホッブズは独裁国家(専制君主)を肯定した」なんて誤解してる人がいるんだけど、それは違うってのがわかるでしょ?

国家のためにも君主のためにも死ぬ必要はない。滅私奉公する義理もない。

一番大切なことは、我が身なんだから、ね

[引用文献・参考文献]

・ホッブズ『リヴァイアサン(2)』角田安正訳、光文社古典新訳文庫、2018

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登場人物紹介

デンケンさん(49)・・・・・・仙人のごとく在野に生きることを愛する遊牧民的活字ドランカー。かつては大学院にいたり教壇に立ったりしていたが、その都度その都度関心があることだけを考えていきたい、という専門性を磨こうとしないスタンス、及び『老子』の(悪)影響があり、アカデミズムを避けた・・・・・・がゆえに一介のサラリーマンである(薄給のため独身、おそらく生涯未婚)。

朝倉恭平(30)・・・・・・ご近所の鷺ノ森市文化創造センターに契約職員として勤務。

(チャットノベル『毒男女ぉパラダイス!!』の登場人物・朝倉5年後の姿)

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