お題【東京の終わりに】

文字数 3,965文字

「よう。タカミチか? 久しぶりじゃねぇか。元気してた?」
「大丈夫」
「突然連絡してきたってことは、なんか良いことでもあったん?」
「家を手に入れたんだ」
「おおっ。まさか一軒家?」
「そう」
「おおおおおおっすげぇじゃん。新築?」
「いや」
「まあ中古だとしても、俺らの年齡で一軒家なんてすげぇよ。場所、どこ?」
「東京」
「東京って広いなぁ。まさかいわゆる『東京のほう』とかじゃねぇだろうな?」

 俺の実家付近の年寄は、東京の近隣県のことも「東京」とか「東京のほう」って呼ぶ。

「東京だよ」
「ふーん。じゃあ最寄り駅は?」
「東京」
「えっ、東京駅?」
「そう」
「最寄り東京駅で戸建て? おいおい、冗談キツイぜ」
「本当」
「だとしてもテンション低いじゃん。まさか東京駅から徒歩五時間とかそういうオチじゃねぇだろうな?」
「徒歩二十分」
「マ?」
「本当」
「すげぇじゃん。どんなとこ?」
「遊びに来るか?」
「行く行く……って、今からはちょっとな。こんな時間だし。今度の週末どうだ? ヒロやイチ子にも声かけてさ」
「二人はもう来たことある」
「おいーっ! 俺はノケモンかよ!」
「東京駅でばったり会った」
「あー。そうだよな。そりゃ……まあ、そういうこともあるわな」
「大丈夫」
「今週末OKってことな? 昼? 夜?」
「東京駅八重洲口に、十一時」
「りょ。酒とか持ってくか?」
「肉がいい」
「いいぜ。引っ越し祝いだ。いい肉、奮発してやるよ」

 電話を切ったあと、途端に恥ずかしくなった。
 学生時代の友人から久々に来た電話に俺だけテンション上がっちゃってたことが。
 まあでも驚くだろ。
 二十代で家持ち、しかも東京駅から徒歩二十分って――まあまだ半信半疑っつーか疑のほうが九割くらいだけど。
 しかしタカミチのやつ、頑張ったなぁ。
 早速、当時の悪友仲間、ヒロとイチ子に連絡をしたが、一向に既読がつかない。
 しかも連絡してきたタカミチ自身にも、念のために場所と時間を確認のために送ったってのに既読がつかない。
 まさかマイホームゲットのためにゆとりナッシングの超社畜モードだったり?
 わざわざ電話してきたのも文字入力の暇が惜しいとか、テンション低かったのも職場の片隅でこっそり電話してきてたとか、まあありそうだな。タカミチなら。

 その後、俺も仕事が忙しくて再度連絡を試みるのも忘れ、あっという間に約束の日時を迎えた。
 東京駅、八重洲口。午前十時五十分。
 まだ既読がつかない状態にちょっと焦っていた俺は、もしかしてタカミチが社畜状態なら午後十一時で夜通し飲むコースもあるかもと凹みかけていた。

「行こうか」

 不意に背後からタカミチの声がした。
 振り返ると、ちょっと痩せてはいたが、懐かしいタカミチの顔。

「おいおい! もっと嬉しそうな顔しろよ! あとちゃんと既読つけろよ」
「大丈夫」
「何が大丈夫なんだ? まあいいや、それについてはお前ん()でがっつり説教な」
「行こう」

 仕事疲れを隠そうともしないタカミチをちょっと心配しつつも、その案内に黙ってついてゆく。
 ビルとビルの間を縫うように何度も曲がり、次第に細い路地へ入ってゆく。
 ヤバいなこれ、もう一度一人で来いって言われてもちょっと道覚えきれてないかも。
 タカミチは慣れた感じでぐいぐいと進む。
 このなんか都会の男になった感、さすが都心に家持ちだぜ、とか思っていたのだが……なんか……あれ?
 道がどんどん狭くなる。
 しかも両側のビルがやけに高いし、見上げても窓一つ、室外機一つ見えない。
 むちゃくちゃ高い塀に囲まれた迷路を歩いているみたいで。
 さすがに不安になり、スマホの地図アプリで確認しようとしたら、電波が届かない。
 そっか、こんだけ周囲を高いビルに囲まれていたらそんなもんか。

「着いた」

 狭い路地が急に開けた。
 とはいっても周囲を高い高い塀のような無機質なビルに囲まれた空間。
 その中央に、こじんまりとした可愛い平屋の一軒家。
 童話のお菓子の家を彷彿とさせる外観。
 壁と家の間は芝生で、ところどころに鮮やかな色とりどりの花が咲いている。
 第一印象は「現実か?」だった。
 第二印象は「メルヘンな映画のセットをそのまま売りに出されたやつか?」だ。
 相変わらずスマホの電波はきてないが、出発してから徒歩十八分。確かに二十分以内。
 改めて家を眺めていると、電線が伸びている。
 電線の先は、敷地の隅に一本だけ立っている電信柱。
 木造の古い感じの電信柱だけど、番地も書いてあって――「東京の終わり」?
 何だこれ。もしかしてセットの一部か?

「どうぞ」
「ちょい待ち。笑えよ」

 扉を開けようとするタカミチごと、俺はスマホカメラでその家を撮影した。
 そして。気付く。
 ヒロから返信があったことを。
 ここは電波届かないけど、ここに来る前に受信してたっぽい。
 早速開いて確認する。

『お久しぶりです。田上です』

 田上さんって、ヒロの彼女か?
 なんでヒロのアカウントから?
 つーかまだ付き合ってたんだ?

『ヒロがもう3日も行方不明なんですが、何か知りませんか?』
『スマホのGPSもオフられたままっぽくて』
『ちなみにこれ、自宅のタブレットから入力してます』
『私たち今一緒に暮らしてるんですけど、ずっと戻ってきてなくて』
『なんかすみません』
『これからまた警察にも行ってきます』

 タカミチはずっと笑わないまま、扉を少しだけ開けてこちらをじっと見つめている。
 どこからかむぁっと獣臭がする。

「悪い、ちょっと買い忘れたもの思い出した。これ、ここ置いておく」

 保冷バッグを芝生の上に置こうとすると、タカミチは扉を半開きのままこちらへ歩いてくる。

「大丈夫」

 俺は反射的に保冷バッグを開け、中の肩ロースやら味噌漬けカルビやらバジルチキンやらをタカミチに向かって投げつけ、全速力で今来た道を引き返した。
 自分が通ってきたルートを必死に思い出しながら。
 どのくらい走り続けたかは覚えていない。
 気がついたら、見覚えのある通りに戻ってこれていた。
 辺りには人も居るし車も走っている。
 地下鉄の案内板――京橋か。
 力が抜け、アスファルトの上にへたり込む。
 見上げた空は、たくさんのビルに切り取られているが、あの窓も何もない無機質なビルに囲まれた空間に比べたらとても広く感じる。
 急いでスマホで撮った画像を確認したが、タカミチもあの家も何も映っていない真っ黒い画像しか残っていない。
 その闇のような黒の向こうから誰かに見られているような気がしてすぐに削除した。



 翌日、俺は事情聴取された。
 ヒロだけじゃなく、イチ子もタカミチも行方不明のままらしい。
 俺がヒロへ送ったお誘いという証拠が残っている以上、変に隠してもあらぬ疑いをかけられるだけだろうと全て話すことにした。
 警察の人たちはなんだか怖い顔をして聞いていたのが少し怖かったが、途中で優しい表情の年配の刑事さんが来てくれて、そこからは何だか皆さんが優しくなったのが印象的だった。
 変な話だが、怖い顔も、優しい顔も、なんだかホッとする。
 再会したタカミチは結局ずっと、あのちょっと疲れたような表情のない顔のままだったから。

「東京駅の防犯カメラを確認するから、それが終わったらまた来てもらいたんだけど、平気かな?」

 俺は「大丈夫です」と答えようとして、タカミチの「大丈夫」を思い出して鳥肌が立ち、少しどもってから「平気です」と答えた。
 自分でも挙動不審なのは自覚している。
 だからせめて要請されたことに対しては全面的に協力しようと決めたし、実際、その二日後の呼び出しにも快く応じた――つもりだった。
 防犯カメラ映像を一緒に見た、そのときまでは。

 八重洲口の防犯カメラ映像には、俺しか映っていなかったのだ。
 突然振り向き、誰も居ない空中に向かって、何か話しかけている風の俺。
 そのまま歩き出す俺。もちろん一人きりで。
 そこから幾つかの防犯カメラに映っていた俺は、八重洲ブックセンター付近で監視カメラに映らなくなってしまったらしい。

「この後、どこに行かれました?」
「どこですって?」
「だからどこです?」

 説明するたびに、警察の人の表情が険しくなってゆく。
 俺はただ何度も、タカミチのあとをずっとついて行っただけと説明しているのだが、なぜか何度も聞き返される。
 今度は最初からいる、あの年配の刑事さんもずいぶんと眉間にシワが寄っている。
 もしかしてこれ、向こうが望む答えを言わないと帰れないやつなのか?
 冤罪が作られようとしている現場に被害者として居合わせちゃっているのか?
 などと絶望的な気持ちになりかけていたとき、俺に質問する係があの年配の刑事さんと交代した。

「なあ、君。さっきからしきりに繰り返している『東京の終わりについていったんです』って、どういう意味なんだい?」

 「そんなこと言ってないです」と、言ったつもりだった。でも。

「東京の終わりについていったんです」

 俺の口から出たのはその言葉だった。

「わかった。今日は疲れているだろうからもういいよ」

 年配の刑事さんがそう言った後、俺はすぐに解放された。
 その後はもう、警察に呼び出されることはなかった。



 それから一年が過ぎたが、ヒロもイチ子もタカミチも行方不明のまま。
 その間に変わったことと言えば、八重洲ブックセンターが閉店したことと、田上さんまで失踪してしまったこと。

 俺はスマホを解約して新しいスマホへと変え、引っ越しもした。
 以来、事件にまつわることは一切思い出さないようにしているが、それでも時々、周囲の人から「東京の終わりって何?」と聞き返される。
 最近はもう楽になりたいという気持ちが強くなり、ときどき東京駅の周辺をうろつくことがある。
 もちろん無意識なんかではなく俺の東京の終わりに。



<終>
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