お題【大根】

文字数 1,508文字

「大根、掘りに行くぞ」
 その合図が出たら俺はザイルを担いで黙ってじいちゃんのあとをついて行く。

 うちの村には地元で大根山と呼ばれる山がある。
 そんなに大きな山ではないものの、隠れたパワースポットとして有名なこの山の頂上付近にあるお社まで一人で辿り着ければ願いが叶う……そういう噂のおかげで、特に観光名所も特産もない山間の小さなうちの村にも、旅人がちょくちょく訪れる。

 古くから山自体がご神体ってこともあり、山での撮影ならびに撮影できるモノの持ち込みは禁止。
 村から山を撮るのさえもダメ……というより、一日に一人しかお参りしちゃいけない決まりになっているから、前日に村に泊まらないとどれが大根山なのかさえ教えてもらえない。
 先日はユーチューバーが大根山生配信をやろうとしてちょっと面倒だったな……。

「おい」

 じいちゃんの鋭い声。

「余計なこと考えんな」

「ごめん」

「集中しろ」

 じいちゃんが怒るのも無理はない。
 この山は、あちこちに穴がたくさん空いている。
 穴の先は入り組んだ鍾乳洞で、落ち方が悪ければ、底に着く前に天へと昇る。
 気を引き締め直して、じいちゃんの後を追う。

 山の中腹に差し掛かったら、そこから頂上ではなく山の裏側へと回り込むルートへ。
 もちろん道なんてない。
 じいちゃんだけの秘密の目印を辿って進んでゆく。
 あまりにも複雑なルートで、俺もまだ覚えきれていないほど。

 大根山へ登り始めてから三時間。
 じいちゃんと俺はようやく大根穴まで到着した。

 大根穴ってのは、大根山の洞窟へと滑り落ちずに入って行ける入り口のこと。
 じいちゃんは大根穴を五つは知っているが、同じ村人でも他所の家族には教えない。
 どこの家でもその家だけの大根穴を持っているんだ。

「ほれ、さっさと大根掘ってこい」

 俺はザイルの端をじいちゃんに渡すと、酸素ボンベを装着する。
 そして身を屈めると、草と木の根に覆われた大根穴へと潜り始めた。

 しばらく四つん這いで歩いていると、洞窟内は立てるくらいの高さになってきた。
 ヘッドライトを点けて……こっから先は勘だけが頼りと言っても過言ではない。
 酸素の残量と足元に気をつけながら、ぐいぐい進んでゆく。
 やがて、ヘッドライトの中に、黄みがかった白いものが浮かび上がる。
 大根だ。
 何度見ても大根には慣れないな。
 だが古い大根になぞ用はない。
 俺はもっともっと奥へと進む。

 やがてクツクツと音が聞こえ始めてくる。
 じいちゃんが「鍋」と呼ぶ地底湖。
 湖の底から幾つもの気泡が浮いては水面で弾けているが、温泉ではない。
 だいたいこの洞窟内は異様に寒いんだ。
 まあ、温度が低くなくっても、鍋にたくさんの大根が浮いているのを見れば背筋も凍るってもんだけどな……って、おお!
 あそこに引っかかっている大根、新しいやつじゃないか。

 ピッケルで鍋の縁の大根を手繰り寄せる。
 まだ死蝋化していないから、正確には大根ではないんだけどな……おうおう。
 財布にけっこう入ってる……乾かさなくとも厚さでわかる。
 こんなに現金持ってるくせにまだ何かを願おうだなんて、人の欲深さには本当に感謝だ。

 大根山のお社に無事にお参りできた人は、その後の人生で強運を約束されるという。
 そりゃ、獣道を辿ってお社まで着いて、更に無事に下山できるくらいの運がありゃ、大抵のことは乗り切れるだろうよ。
 運悪く穴に落ちて、運良く生きていたとしても、洞窟内に充満するガスを吸い込み過ぎずに穴から出るのにもけっこう運が必要だしな。

 俺は大根に合掌すると、すぐに別の大根を探し始める。
 酸素の残量が半分きる前に戻らないと……俺も大根になっちまうからな。



<終>
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