お題【トモダチじゃない】
文字数 3,731文字
「はい、次はキコ。言って」
ゾミちゃんは私を睨みつけている。
私は本当は言いたくはなかったけれど、グループの他の誰かがした舌打ちに背中を押されるようにしてその言葉を口にした。
「エミカちゃんのことはよく知りません。トモダチじゃないですから」
「まだまだ固いよね。もっと自然に言わないと。誰かが下手こいたらうちら全員ヤバいんだからね。そこんとこ分かってる?」
ゾミちゃんはあからさまに私の方を見て言っている。
エミカと私の仲が良かったのに気付いているのかも……。
そのエミカは昨日、学校の屋上から飛び降りた……らしい。
警察が放課後に来て話を聞くっていう噂が広まったせいかゾミちゃんは昼休みにグループ全員を体育倉庫に集めた。
「今朝さ、ヤマグチとかシゲノのバカとかがさ、冗談のつもりかもだけど、うちらがやったんじゃないかって言ってたじゃん。冗談じゃないよね。エミカは自殺したの。それなのにうちらがいじめていたからみたいに言われてさ。うちら関係ないから……だから、練習しなきゃなんだよ」
むちゃくちゃだった。
ゾミちゃん達がエミカをいじめていたのは皆知っている。
それを今更、こんなバレバレの口裏合わせしたって、警察なんてオトナなんだからすぐにバレるに決まっている……そう思っても、私は黙ってうなずくくらいしかできなかった。
だって中学はまだあと2年も残っている……ゾミちゃんに逆らうなんて無理。
「はい、皆で言うよ」
「エミカちゃんのことはよく知りません。トモダチじゃないですから」
「エミカちゃんのことはよく知りません。トモダチじゃないですから」
「エミカちゃんのことはよく知りません。トモダチじゃないですから」
呪文のように繰り返す言葉。
心にもない言葉。
でも気持ちをこめていないってのに、一回言うたび私はその言葉に汚されていっている気がする。ごめんねエミカ……そんなことを考えながら呪文を繰り返していた私は突然、ゾミちゃんに蹴られた。
「ちょっとキコ! あんただってグループのメンバーだし何かあったら共犯なんだよ? わかってんの? うちらが本当にやってなくてもさ、人殺しのレッテル貼らるだけでこれからの人生お先真っ暗なんだよ? 冤罪でもさ、変に正義漢ぶったネット住民ってヤツラは気にしないでうちらのこと実名でチクり続けるんだよ? そんなことされたら恋愛だって就職だっていろんなことにダメージじゃない! それにさ、警察来んの放課後なんだよ! もうすぐなんだよ! それまでにちゃんと練習しないとヤバいんだよ? わかってる?」
「……わかってます……」
そう答える自分自身がとっても情けない。何か言い返してやりたいのに、言葉も勇気も出てこない。エミカごめん。私、本当にダメなトモダチだ。
「そういやキコ、携帯持ってきた?」
うちの学校は携帯持ち込み禁止だけれど、私のところはお母さんも仕事しているっていうこともあって何かの時の緊急連絡用にとこっそりカバンの中に入れている。
だけど、そんなことゾミちゃん達にはもちろん内緒。
エミカとのメールだって大事に保存してあるし。
「……携帯は持ち込み禁止だから……」
「へぇ」
ゾミちゃんが、フンと鼻で笑いながら手を横にすっと差し出した。するとその手のひらへミッキーナが私の携帯を置……え、どうして?
「私、知ってんの……でも安心して。先生にチクったりしないから。私たちトモダチじゃない……それよりさ」
ゾミちゃんはニヤニヤしながらハサミを取り出し、私の携帯電話から携帯ストラップをジョキンと切り離した。
「あ!」
「キコさ、知ってた? このストラップ、エミカとおんなじだって。うちらとエミカとの接点、少なければ少ないほどいいんだ」
「……」
大事なストラップだったのに……私とエミカをつなぐ絆のストラップだったのに……私はただ呆然と地面に落ちたストラップを見つめていた。
私がこのストラップを手に入れたのは小学校最後のクリスマス。
クラスの女子だけでやったプレゼント交換会で、皆それぞれが用意したプレゼントをクジ引きで交換したときのこと。
ドキドキしながら包み紙を開いた私は、中身を二度見した。
私が選んだプレゼントだった……でも包み紙は私のじゃないよね……おかしいなって首をかしげていたら、エミカが話しかけてきた。
「私たち全く同じプレゼントを選んでいたんだね」
エミカが持っているのは確かに全く同じストラップ、そして私の包装紙。
その日から私たちは急に仲良くなった。
好きなスイーツとか、好きなアーティストとか、好きなTV番組とか、エミカと私は笑っちゃうくらい似ていて。その年のクリスマスに初めて携帯を買ってもらったとこまで一緒。
私たちはお互いのストラップを携帯につけて『絆のストラップ』って名前をつけた。
なのに。私がエミカを裏切ったんだ。
中学の入学式、エミカとクラスが離れ離れになってへこんでいた私を、エミカは笑顔で慰めてくれた。お互いのクラスでトモダチ作って合流すれば、トモダチ一気に二倍だよって。
だから私は自分のクラスで仲良くなれそうな子を探した……そして仲良くなったのがミッキーナだった。でもそれがすべての間違いだったんだ。
ミッキーナはゾミちゃんと同小の子で、私はすぐにゾミちゃんのグループに入れられた。
それから何日も経ってない雨の日。ゾミちゃんが小学校の時に好きだった男子がエミカに告白して、でもエミカはそれを断って。そしたらゾミちゃんがエミカを生意気って言い出した。
グループ全員エミカを無視って決めて……私は怖くてそれに逆らえなかった。
ミッキーナから、ゾミちゃんが小学校の時、気に入らない子が居ていじめていじめていじめぬいて転校させたって事件を聞いていたから。
私はエミカに相談したんだけど、エミカは「キコまでいじめられちゃうから」って言って、ゾミちゃんの言うことを聞いているフリをするようにって言ってくれた……だから学校ではエミカを無視したし、ゾミちゃんに命令されてエミカの靴を隠したりもした。
でも、学校を出てからはずっと仲良しだったし、靴だって私が隠したからこそ隠し場所をこっそり教えることができたんだし……そんな風に簡単に考えていた。
私は安全な場所に居たから、エミカが自殺するほど追い詰められていたことに全然気付けなかったんだ。
「ストラップ、早く踏んでよ。簡単でしょ?」
ゾミちゃんの冷たい声が体育倉庫に響いた。
「まさか、大切だなんて言わないよね? ……そういえば誰かさんにもさ、教えてあげたんだよね。屋上のフェンスの外側に携帯ストラップがひっかかっているよって。まさか落ちちゃうなんてね。そんなに大切だったのかな、ストラップ。あ、うちらのせいじゃないよ。エミカが勝手に落ちたんだから。それに全員アリバイあるし。でもさぁ、なんかみんな疑っているんだよね、うちらのこと。だから、ちゃんと練習が必要なんだぁ?」
ゾミちゃん、今、なんて言ったの? エミカが死んだのは……ゾミちゃんたちのせい?
「はい。踏んで練習して。もうそろそろ昼休み終わるから。っつーか、キコにもう話したからね。何かあったら共犯だからね」
……さっき本当にやってないとか冤罪とか言ってたよね。でも嘘だったんだ。ゾミちゃん達が、エミカを……。
「早く踏みなよ!」
私は床に落ちたストラップを素早く拾って握り締めた。
「エミカは……トモダチじゃないっ! 親友だからっ!」
そう答えたあと、実はあんまり覚えていない。
でも気がついたら辺りはすごく静かになっていて、私は一瞬、ゾミちゃん達に置いてかれたと思ったくらい。
ここは体育倉庫。鍵は外からだけかけられるタイプだし、まさか閉じ込められたかもと入り口の扉へと向かおうとして、何かにつまずきそうになった。
何かなってふと見たら、ゾミちゃんと目が合った。
ゾミちゃんが床に寝転がってこちらを見ている。
背中がぞくりとして慌てて後ろに下がろうとして、また何かを踏んづけて……怖かったけれど薄目でちらりと見てみたら……ミッキーナが寝転がっていた……それだけじゃない。他の人たちも皆倒れてて、そして私を見ている。
「何? それ、何かの冗……」
と、言いかけてやめたのは、私の耳に、声が聞こえたから。
「ありがとね。かたきをとってくれて」
え? 今の、エミカの声? どういうこと? かたきって……。
私はもう一度、ゾミちゃんを見た。よく見ると、ゾミちゃんの首は、変な角度に曲がっている。他の人たちの首も。
私は慌てて入り口へと走った。携帯を見ると昼休みはまだ終わっていない。
深呼吸して、一度だけ練習する。
「ノゾミさん達のことはよく知りません。トモダチじゃないですから」
そして指紋がつかないように扉を開けると、体育倉庫からそっと抜け出した。
<終>
ゾミちゃんは私を睨みつけている。
私は本当は言いたくはなかったけれど、グループの他の誰かがした舌打ちに背中を押されるようにしてその言葉を口にした。
「エミカちゃんのことはよく知りません。トモダチじゃないですから」
「まだまだ固いよね。もっと自然に言わないと。誰かが下手こいたらうちら全員ヤバいんだからね。そこんとこ分かってる?」
ゾミちゃんはあからさまに私の方を見て言っている。
エミカと私の仲が良かったのに気付いているのかも……。
そのエミカは昨日、学校の屋上から飛び降りた……らしい。
警察が放課後に来て話を聞くっていう噂が広まったせいかゾミちゃんは昼休みにグループ全員を体育倉庫に集めた。
「今朝さ、ヤマグチとかシゲノのバカとかがさ、冗談のつもりかもだけど、うちらがやったんじゃないかって言ってたじゃん。冗談じゃないよね。エミカは自殺したの。それなのにうちらがいじめていたからみたいに言われてさ。うちら関係ないから……だから、練習しなきゃなんだよ」
むちゃくちゃだった。
ゾミちゃん達がエミカをいじめていたのは皆知っている。
それを今更、こんなバレバレの口裏合わせしたって、警察なんてオトナなんだからすぐにバレるに決まっている……そう思っても、私は黙ってうなずくくらいしかできなかった。
だって中学はまだあと2年も残っている……ゾミちゃんに逆らうなんて無理。
「はい、皆で言うよ」
「エミカちゃんのことはよく知りません。トモダチじゃないですから」
「エミカちゃんのことはよく知りません。トモダチじゃないですから」
「エミカちゃんのことはよく知りません。トモダチじゃないですから」
呪文のように繰り返す言葉。
心にもない言葉。
でも気持ちをこめていないってのに、一回言うたび私はその言葉に汚されていっている気がする。ごめんねエミカ……そんなことを考えながら呪文を繰り返していた私は突然、ゾミちゃんに蹴られた。
「ちょっとキコ! あんただってグループのメンバーだし何かあったら共犯なんだよ? わかってんの? うちらが本当にやってなくてもさ、人殺しのレッテル貼らるだけでこれからの人生お先真っ暗なんだよ? 冤罪でもさ、変に正義漢ぶったネット住民ってヤツラは気にしないでうちらのこと実名でチクり続けるんだよ? そんなことされたら恋愛だって就職だっていろんなことにダメージじゃない! それにさ、警察来んの放課後なんだよ! もうすぐなんだよ! それまでにちゃんと練習しないとヤバいんだよ? わかってる?」
「……わかってます……」
そう答える自分自身がとっても情けない。何か言い返してやりたいのに、言葉も勇気も出てこない。エミカごめん。私、本当にダメなトモダチだ。
「そういやキコ、携帯持ってきた?」
うちの学校は携帯持ち込み禁止だけれど、私のところはお母さんも仕事しているっていうこともあって何かの時の緊急連絡用にとこっそりカバンの中に入れている。
だけど、そんなことゾミちゃん達にはもちろん内緒。
エミカとのメールだって大事に保存してあるし。
「……携帯は持ち込み禁止だから……」
「へぇ」
ゾミちゃんが、フンと鼻で笑いながら手を横にすっと差し出した。するとその手のひらへミッキーナが私の携帯を置……え、どうして?
「私、知ってんの……でも安心して。先生にチクったりしないから。私たちトモダチじゃない……それよりさ」
ゾミちゃんはニヤニヤしながらハサミを取り出し、私の携帯電話から携帯ストラップをジョキンと切り離した。
「あ!」
「キコさ、知ってた? このストラップ、エミカとおんなじだって。うちらとエミカとの接点、少なければ少ないほどいいんだ」
「……」
大事なストラップだったのに……私とエミカをつなぐ絆のストラップだったのに……私はただ呆然と地面に落ちたストラップを見つめていた。
私がこのストラップを手に入れたのは小学校最後のクリスマス。
クラスの女子だけでやったプレゼント交換会で、皆それぞれが用意したプレゼントをクジ引きで交換したときのこと。
ドキドキしながら包み紙を開いた私は、中身を二度見した。
私が選んだプレゼントだった……でも包み紙は私のじゃないよね……おかしいなって首をかしげていたら、エミカが話しかけてきた。
「私たち全く同じプレゼントを選んでいたんだね」
エミカが持っているのは確かに全く同じストラップ、そして私の包装紙。
その日から私たちは急に仲良くなった。
好きなスイーツとか、好きなアーティストとか、好きなTV番組とか、エミカと私は笑っちゃうくらい似ていて。その年のクリスマスに初めて携帯を買ってもらったとこまで一緒。
私たちはお互いのストラップを携帯につけて『絆のストラップ』って名前をつけた。
なのに。私がエミカを裏切ったんだ。
中学の入学式、エミカとクラスが離れ離れになってへこんでいた私を、エミカは笑顔で慰めてくれた。お互いのクラスでトモダチ作って合流すれば、トモダチ一気に二倍だよって。
だから私は自分のクラスで仲良くなれそうな子を探した……そして仲良くなったのがミッキーナだった。でもそれがすべての間違いだったんだ。
ミッキーナはゾミちゃんと同小の子で、私はすぐにゾミちゃんのグループに入れられた。
それから何日も経ってない雨の日。ゾミちゃんが小学校の時に好きだった男子がエミカに告白して、でもエミカはそれを断って。そしたらゾミちゃんがエミカを生意気って言い出した。
グループ全員エミカを無視って決めて……私は怖くてそれに逆らえなかった。
ミッキーナから、ゾミちゃんが小学校の時、気に入らない子が居ていじめていじめていじめぬいて転校させたって事件を聞いていたから。
私はエミカに相談したんだけど、エミカは「キコまでいじめられちゃうから」って言って、ゾミちゃんの言うことを聞いているフリをするようにって言ってくれた……だから学校ではエミカを無視したし、ゾミちゃんに命令されてエミカの靴を隠したりもした。
でも、学校を出てからはずっと仲良しだったし、靴だって私が隠したからこそ隠し場所をこっそり教えることができたんだし……そんな風に簡単に考えていた。
私は安全な場所に居たから、エミカが自殺するほど追い詰められていたことに全然気付けなかったんだ。
「ストラップ、早く踏んでよ。簡単でしょ?」
ゾミちゃんの冷たい声が体育倉庫に響いた。
「まさか、大切だなんて言わないよね? ……そういえば誰かさんにもさ、教えてあげたんだよね。屋上のフェンスの外側に携帯ストラップがひっかかっているよって。まさか落ちちゃうなんてね。そんなに大切だったのかな、ストラップ。あ、うちらのせいじゃないよ。エミカが勝手に落ちたんだから。それに全員アリバイあるし。でもさぁ、なんかみんな疑っているんだよね、うちらのこと。だから、ちゃんと練習が必要なんだぁ?」
ゾミちゃん、今、なんて言ったの? エミカが死んだのは……ゾミちゃんたちのせい?
「はい。踏んで練習して。もうそろそろ昼休み終わるから。っつーか、キコにもう話したからね。何かあったら共犯だからね」
……さっき本当にやってないとか冤罪とか言ってたよね。でも嘘だったんだ。ゾミちゃん達が、エミカを……。
「早く踏みなよ!」
私は床に落ちたストラップを素早く拾って握り締めた。
「エミカは……トモダチじゃないっ! 親友だからっ!」
そう答えたあと、実はあんまり覚えていない。
でも気がついたら辺りはすごく静かになっていて、私は一瞬、ゾミちゃん達に置いてかれたと思ったくらい。
ここは体育倉庫。鍵は外からだけかけられるタイプだし、まさか閉じ込められたかもと入り口の扉へと向かおうとして、何かにつまずきそうになった。
何かなってふと見たら、ゾミちゃんと目が合った。
ゾミちゃんが床に寝転がってこちらを見ている。
背中がぞくりとして慌てて後ろに下がろうとして、また何かを踏んづけて……怖かったけれど薄目でちらりと見てみたら……ミッキーナが寝転がっていた……それだけじゃない。他の人たちも皆倒れてて、そして私を見ている。
「何? それ、何かの冗……」
と、言いかけてやめたのは、私の耳に、声が聞こえたから。
「ありがとね。かたきをとってくれて」
え? 今の、エミカの声? どういうこと? かたきって……。
私はもう一度、ゾミちゃんを見た。よく見ると、ゾミちゃんの首は、変な角度に曲がっている。他の人たちの首も。
私は慌てて入り口へと走った。携帯を見ると昼休みはまだ終わっていない。
深呼吸して、一度だけ練習する。
「ノゾミさん達のことはよく知りません。トモダチじゃないですから」
そして指紋がつかないように扉を開けると、体育倉庫からそっと抜け出した。
<終>