お題【爪切り】【喉】【大人】

文字数 1,265文字

 子供がとかく「こどもだけ」の秘密を持ちたがるのは、「大人になったらね」への逆襲なんだって。
 うちの園の子たちも最近は何かにつけ「おとなにはないしょ」を連発する。
 こども秘密基地に始まり、こども暗号、こどもゾーン、こどもバリア、こどもだけ鬼。
 基本的には子供だちがやりたいようにやらせている。

 ただやはり、危険なことに関しては見過ごせないし、止めもする。
 最近特に多いのは、家から爪切りを持ってきている子たち。
 爪切りは刃物に分類される。玩具として遊ばせるわけにはいかない。
 そのたびに取り上げようとするのだが、これが異常に抵抗されて。

「おとながさわったらだめ」

 仕方がないので箱を用意して、そこに自分で置かせる。箱には蓋をして、帰りの時間まで誰も、もちろん私たち大人も含めた誰も触らないという約束で。

 爪切りについては親御さんも困っているようで、どこのご家庭も今まで使っていたものは子供用として、家族用については新しいものを購入しているみたい。
 大人は親でも触ったらダメらしい。
 爪切りを大事にしている子供たちは皆、実際に爪を切るわけではなく、手のひらに乗せて話しかけるという不思議な遊びに使っている。刃物使いするわけじゃないので、しばらくは大目に見るということを親御さんたちとも話し合って決めた。
 注意深く見守りながら、時には箱にしまわせて、なんとか平穏に済ませてきた。

 事件が起きたのは、新しいお友達が転園してきたときのこと。
 その子自体は明るい子ですぐに皆と馴染み、例の爪切り遊びにも参加するようになった。
 しかしそこのお父様は、少し疲れてらっしゃるというか怒りっぽい方で、子供が爪切りで遊ぶことに激怒されて。家から勝手に爪切りを持ち出したことで、その子を叩いて――爪切りを取り上げた。
 そのとき、私は見たんです。
 爪切りの刃と刃の隙間から、何か目のようなものが覗いていたのを。
 直感しました。
 子供たちは爪切りに向かって話しかけていたのではなく、爪切りの中に何かを飼っていて、それに話しかけていたのだと。

 あんな小さな場所に入るものと言ったら、最初に思いつくのは虫。
 でも私が見た目は、絶対に虫なんかじゃない。黒目と白目とが、ハッキリと見えたから。

「ヒゲをそらなきゃ」

 爪切りを取り上げたお父様が突然、そんなことを言ったんです。
 妙に落ち着いた声で、それまでの緊張が一気に解けたみたいに、私たち保育士側もホッとして。
 パチン、パチンと音が響いたのはそんな静まり返った中に。
 例のお父様が、自分の喉に爪切りを当てて、パチン、パチンとやっているんです。

「血、血っ!」

 誰かが叫んで、我に返って救急車を呼んで、お迎えに来ていた他の保護者の方にも手伝っていただいて皆でそのお父様を取り押さえて、あたりは血の海だわ、子供たちは泣き叫ぶわ、もう地獄のようでした。
 でも本当に背筋が凍りついたのはその直後。

「ね、おとなはさわっちゃだめでしょ」

 子供たちが声を揃えてそう言ったとき。



<了>
構想10分+執筆30分というルールで書いたもの。
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