お題【りんご飴の観覧車に揺られお昼寝】

文字数 1,394文字

 ガリガリに痩せた少女が足を引きずるように、暗闇の中を歩いていた。
 その前へ現れたのはピンク色のウサギのぬいぐるみ。

「こっちにおいでよ」

 少女はそれに見覚えがあった。
 少女の人生の中でただ一度のプレゼントという体験、そこで手に入れたもの。
 ウサギのぬいぐるみが差し出す手を、少女は迷いもなくつかんだ。

 再び歩き始めた少女の周りの風景が突然鮮やかに、きらびやかに、遊園地へと変わってゆく。
 やせ細り上手に動かせなくなっていた少女の頬が、少しずつ緩んでゆく。

「着いたよ」

 聳え立つ巨大な観覧車。
 その頂上は雲の彼方。
 行列の最後尾に、ウサギのぬいぐるみと手をつないだまま、少女は並んだ。

 少女の前に居た、全身傷だらけの少女がカボチャ飴のゴンドラに乗り込む。
 豪華な馬車のようなカボチャの中へ。
 次は少女の番……そしてとうとう、少女のゴンドラが降りてきた。

 真っ赤なりんご飴。

 少女のゴンドラは、美しく光沢のある綺麗なりんご。
 それを包む飴のベールを、ウサギのぬいぐるみが優しく開くと、入り口が現れた。
 少女はおずおずと足を踏み入れる。
 甘い、優しい、安心する香り。
 りんごの芯がくりぬかれた真ん中に、ふかふかのソファ。少女をふかりと包み込んだ。

「好きなだけ食べていいんだよ」

 少女が手をのばし、りんご飴のゴンドラの内側を少しだけむしる。
 それを口に含むと、こんがりサクサクした歯ごたえのあと、甘くて冷たくてとろっとしたものが口の中いっぱいに広がる。
 少女は食べたことがなかったが、それはシュークリームの味。
 また少しだけむしって口にいれると、さっきよりももっと冷たくて、素敵な香りで、とにかく甘い味。
 少女は食べたことがなかったが、それはチョコレートアイスの味。

 少女は食べながら泣いた。
 食べたことがなかった美味しさに出会えたからではなく、食べ物があることに。
 あまりにもひもじくて、腐った臭いの食べ物だった何かを口にして死んだ少女にとっては、食べられること、食べても怒られないこと、それ自体が幸福だった。

 思うまま食べたあと、少女は目を閉じ、微笑みながら眠りに落ちた。
 りんご飴のゴンドラは少女を労るように揺れつつ、雲の上へと上ってゆく。

 少女の次に、チシャ飴のゴンドラに乗り込んだのは、ずっと押入れの中で育てられていた少女。

 その次に来たゴンドラは大きな桃飴。
 乗り込んだのは、動物同様に扱われ、奴隷のように使い走りさせられていた少年。

 どの子どもたちも、ゴンドラの中では主役になれる。
 人生の中では得られなかった安堵を取り戻し、安らかな眠りに落ちてゆく。

 ここは走馬灯の中にある遊園地。
 あまりにも無残な、そして悲しみや痛みしかない走馬灯を追体験すると、魂が傷つき、来世でも幸せを遠慮してしまうからと、非業な死を遂げた子どもたちの魂を救済するべく造られた場所。

 ただどうしても傷の癒えない、壮絶な人生を送った子には、観覧車ではなく他の場所へ送られる。
 ホラーハウスの、脅かし係として。
 罪なき者を傷つけた輩が走馬灯の最期に突き落とされる。
 脅かし係が触れるだけで、言葉を発するだけで、睨むだけで、ホラーハウスへの来訪者達は、地獄以上の苦しみを味わう。
 だがどんなに苦しみの中でのたうち回っても、迷宮に出口はない。
 来訪者達の後悔と懺悔の叫びが、この遊園地の動力になっているから。



<終>
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