お題【全てを破壊しながら突き進むバッファローの群れ】

文字数 6,267文字

「喰らえッ! スナッキー・ウイングッ!」
「ぐはッ!」
 スナッキー・ウイングを喰らった菰野(こもの)ががっくりと膝を床へと落とす。
「ヒヒッ……俺の負けだ。なあ、教えてくれ。あの後を引く味は何だったのかを」
「駄菓子だよ。駄菓子を砕いて手羽先唐揚げの衣にしたのさ」
 ショウは鼻の下を人差し指でフフンとこする。
「決まったァァァァッ! 先鋒戦ッなんと小学生が四天王を破ったァッ、その名も天外(てんがい)ショウだァァァ!」
 実況アナウンサーがマイクを握りしめて吠える。
 敗者となった菰野は肩を落としながら花道を去り、戻ってきた控室前にて。
「惨めだな菰野。あんなガキにおめおめ負けよって」
 熊の毛皮を被った腕組みマッチョが足で菰野の荷物を蹴り飛ばす。
「さすが四天王一番の小物ね」
 チャイナドレスを着た冷たい目の女がその荷物をヒールで踏みつける。
「四天王の名折れはさっさと去れ」
 黒マントの覆面男が非常口の扉を開ける。
「ヒヒッ……俺は確かに負けた……だがよ、姐さんがた。あのガキ、侮っていたら……ヒヒッ」
 菰野は汚れた荷物を拾い上げ、会場を後にした。
又木(またぎ)、次はアンタだよ」
 女がアゴで花道の方角を示す。
「この又木熊三(くまぞう)。万に一つも負けることはない。なぜなら体を鍛えているからだッ!」
 そう吐き捨て肩をいからせつつ花道を行く又木の後ろ姿を、見つめる覆面男がボソリとつぶやく。
「クック・ファイトはフィジカルの強さが必須。素手で熊を投げ飛ばすという恐ろしい(おとこ)にどう戦う?」



 花道から又木が登場すると、会場が割れんばかりの歓声と拍手とで出迎える。
 クック・ファイトの常勝スター選手である又木は今まで幾多の強者を打ち破ってきた。
 その得意料理が今日も炸裂する。
「又木はやはり得意食材の熊肉を出してきたァァァッ! 小学生の体格であの熊を止められるのかァァッ!」
 クック・ファイトは料理と格闘が混ざった新しいスポーツである。
 制限時間内に料理を完成させ、互いに料理を交換して食するクック・ファイトは、単なる料理の腕だけを競う競技ではない。
 実食時に装着するヘッドギアは、装着者が食べた料理から受けた美味しさや驚きの感動をインパクトとしてデジタル計測する。
 計測されたインパクトは、巨大モニター内に構築されたクック・ファイターのアバターへビジュアル的なダメージを与え、さらにはヘッドギアを通してリアル装着者へもダメージを与える。
 又木の作る熊料理は、ほとんどの人が普段食べたことがない食材という衝撃に加え、熊という食材が魅せる意外な美味しさのギャップにより、今まで多くのクック・ファイターを葬ってきた。
「調理終了ッ! 互いに皿を交換して実食開始ッ!」
「喰らえ! 俺様の熊鍋をッ!」
 又木の雄叫びを聞いたショウは熊鍋を一口すする。
 その驚きの旨さにショウは鳥肌を立てた。
「今回も出たーッ! 熊だッ! 熊出没ッ!」
 巨大モニターに映し出された又木のアバター前に熊が出現する。そして熊はいつものように対戦相手に向かって――ショウめがけて突進した。
 会場からは悲鳴が漏れる。
 小学生の体躯が熊の突進を止められるものか、と。
 ヘッドギアから返ってくる信号は脳に直接作用する。
 脳が「ダメージを受けた」と思い込んでしまえば、実際に体に傷が浮かんでしまうのだ。
 フィジカルの強い又木はどんなダメージもその筋肉で受け止め、熊ダメージにて相手を葬る作戦を得意としていたから。
 しかし、熊ダメージがショウのアバターにぶつかる寸前でその足を止めた。
「……こっ、この味は……っ」
 モニター内の熊は振り向いたかと思うと、又木に向かって突進を始める。
「そっちも喰らってくれたんだな。スウィーティー・ダンプリングッ!」
 又木がかじったショウの餃子からは琥珀色の蜜がトロリと流れ出している。
 ショウがまた鼻の下を人差し指でフフンとこする。
「その餃子の中身はレンコン餅。ただし、味付けはハチミツとクルミさっ!」
 モニター内で又木のアバターが持っていた餃子へ熊が衝突し、現実での又木自身も数メートル吹っ飛んだ。
「これはどういうことだァァァァーッ! 互いの出力したインパクト差が倍以上だと自身へ攻撃が返ることがあるがッ! まさかまさかこの四天王又木相手にダブルインパクトを放ったというのかァァァッ!」
 又木は自分の頭から外れたヘッドギアを呆然と見つめる。
 クック・ファイトにおいて、ヘッドギアが外れるというのは相撲でいうマワシが外れるのに等しい。
 つまり文句なしの負けである。
「な、なぜ、俺様が甘いもの好きだと……」
「熊はハチミツが好きなんだろ?」
 又木は会場を去る前にショウの餃子をさらに幾つか頬張った。
「これが敗北の味なら……悪くない」



 続く中堅戦では四天王の紅一点、尾羽丈(おはだけ)志麻(しま)がチャイナドレス姿で登場した。
 その名前とは裏腹に、彼女のアバターは未だに傷を受けたことも、ましてやその肌をさらしたことなどない。
 というのも彼女は手段を選ばないから。
 料理の腕もさることながら、相手の料理を妨害し、己の勝利を確実なものにしてきた。
 実際、今回もそうだった。
「あら、坊や。残念ね。さっき、タンメンを作るとかどうとか言っていたみたいだけど、あなたの用意した食材、モヤシしかないみたいじゃない?」
「くッ……汚ぇぞ。おいらの食材、隠しやがって……」
「いやだわ、濡れ衣。証拠もないというのに」
 尾羽丈は高笑い。
 だが、ショウの目は死んでなかった。
「モヤシだけじゃない……一生懸命仕込んだラーメンスープが残っているッ!」
「ふぅん。モヤシスープ? 貧相な料理、楽しみにしているわ」
「調理開始ッ!」
 ショウは驚くほどの早さでモヤシのヒゲを取り始めた。
 その集中力たるやすさまじく、揺さぶりをかけようと何度も話しかける尾羽丈の声は一切耳に届かぬほど。
「調理終了ッ! 互いに皿を交換して実食開始ィィッ!」
 ショウは早速、口をつける。尾羽丈の作ったレバニラに。
 しかし、眉をしかめた。
「高級食材を使えばいいってもんじゃないね、おばさん」
「なッ、おば……」
 絶句する尾羽丈を指差すショウ。
「フォアグラで作ったレバニラ炒めはイマイチだったぜッ!」
「くっ……坊やにはまだ早かったようね。でもね、私が坊やの料理にインパクトを受けなければそのまま第二ラウンド。モヤシを使い切り、もはや食材が何もない坊やに勝ち目はなんて……これはッ」
 尾羽丈は目を見開いた。
 彼女の眼の前にあったのは、貧相なモヤシスープなどではなかったから。
 ヒゲを取った無数のモヤシを、まるでマッチ棒細工のように組み立てた一匹の昇り龍が、皿の上に直立していた。
 尾羽丈は震える箸でそれをつまみ、口の中へ。
「こッ、これはッ!」
 噛み締めたモヤシからは、一切の雑味がないラーメンスープの味がほとばしる。
 尾羽丈は怯えた目でショウを見つめる。
「喰らえッ! シャイニング・ライジング・ドラゴンッ!」
「あああああァァァッ!」
 ショウのアバターから放たれた光の龍が尾羽丈のアバターをぐるぐると包み、天へと昇る。
 尾羽丈のアバターはまるで皮剥き器で剥かれたように、そのまとっていたチャイナドレスを失った。
 突如巨大モニター内にモザイクがかかる。
 現実の尾羽丈は、服がはだける前に自らヘッドギアを外した。



 勢いに乗ったショウは四天王の最後の一人、ミスター×一(バツイチ)までも撃破した。
「なんとなんと! 前代未聞ッ! 四天王、最後の一人まで破れましたッ! こんなことが今まであったでしょうかッ!」
 覆面男がヘッドギアと共に覆面を脱ぐ。
「お、オヤジッ!」
「強くなったな、ショウ」
「……ど、どうしてだよッ! オヤジが居てくれたらうちの商店街は……」
「ダメなんだ。俺はかつてクック・キングにクック・ファイトを挑み、破れた。だから俺はあえてクック・キングの手下となってお前の前に立ちはだかり、お前を鍛えた。今やお前は俺を超えるクック・ファイターだ。あとはお前にゴフッ……」
 突然血を吐いて膝をつくミスター×一改め天外虎読(こどく)
「オヤジィィッ! なんだよッ! なんで血なんか……」
「ハハハッ! 彼は病に冒されているのさ! 本当はクック・ファイトなんてできる状態じゃないのさッ!」
「お前は……ケンッ!」
 そこに現れたのは金新留津(かねにいとめつ)ケン。ショウのクラスメイトにして親友。
「気づかなかったのかよ、ショウ。キミたちの住む商店街に立ち退きを迫っているジ・アーゲ・グループは、ボクの金新留津グループの傘下だということに」
「くそぅッ! そうだったのか……だがな、ケン。おいらがお前に勝てばいいだけのこと」
「そうだね。キミが負けたら終わりだから……本来5対5で戦うクック・ファイト公式戦だけど、商店街側のクック・ファイターはキミ一人だからね」
「いや、おいらは一人じゃないッ! 商店街のみんながついているッ!」
「商店街だけじゃないぜッ!」
「お、お前らはッ!」
 そこにはショウと同じくらいの年頃の少年少女がずらり。中には多彩な国籍・人種の子らも混ざっている。
 かつてショウが小学校対抗クック・ファイトで戦った強敵(ライバル)――いや、今では強敵(とも)たち。
「応援しにきたぜ!」
「アイカワラズ、クールナファイトダゼ!」
「ショウ! 久しぶり!」
「ナンデ、ケンガ、ムコウガワ?」
 一瞬だけ唇が震えたケンであったが、ぐっとこらえてからの高笑い。
「ハハハッ! どれだけ集まろうがボクは負けないッ! 金新留津グループの総裁候補として幼い頃から美味いものも珍しいものも沢山喰らってきたッ! さあ、ボクの前にひざまずけッ!」
「なんという波乱の展開ッ! 誰が予想したであろうこのクック・ファイト! とうとうラストッ! ジ・アーゲ・グループ側の大将は金新留津ケンッ! そして負けたら立ち退き商店街側は天外ショウッ! ファイナルバトルだァァァァッ!」
「ショウ……ボクは手加減しないよ」
「望むところだッ! おいらだってとっておきの料理を出してやるぜッ!」
「調理開始ッ!」
 ショウは突然段ボール箱を取り出した。
 箱の中を覗き込み、そしてその箱の中で調理を始める。
「へぇ。手の内を見せないで調理することで実食時のインパクトを増やすって、ボクが教えた作戦、やってるんだ?」
「ああそうさ。ケンが前においらに聞いただろ? 死ぬ前に食べたい一品は決まっているのかって」
「……あのときショウは、絶対に食べられない料理って答えたね」
「うん。そしたらケンは金新留津グループの総力を上げれば用意できない料理なんてないって答えた」
「答えたよ。金新留津グループは」
「違うんだ。そうじゃないんだ。絶対に食べられない料理ってのは、死んだかーちゃんの手料理だから」
 ケンの手が止まる。
「ごめん、ショウ……ボク、そんなつもりじゃ」
「いいんだ。ケンは言ってくれたよな。諦めるなって。それは間違っていないよ。おいらの中にはかーちゃんの味の記憶が残っている。だから、作れば良かったんだ……いつまでもウジウジしてないでさ」
「ショウ……」
「ケン、おいらは負けるつもりはないぜ。この段ボールには、大将戦にギリギリ間に合わせた最っ高の食材が入ってるんだ」
 再びケンの手が動き出す。
「そうだな、ショウ。最高の勝負にしよう」
 それからのケンの動きはとてつもなく早く、そして正確だった。
 あっという間に調理終了の合図。
 そして大将戦の実食が始まった。
「喰らえッ! びっくり唐揚げッ!」
 ショウは山盛りの唐揚げの中から一つを口へと放り込む。
 熱々の肉汁と一緒にチーズの香りが口の中いっぱいに広がる。
 モニター内のケンのアバターが広げた手のひらから、一羽の立派な鶏が飛び立った。その鶏は加速し、チーズ色の炎をまとった火の鳥のようにショウのアバターへと突っ込んだ。
「ぐはッ」
 危うく膝をつきかけるショウ。
「さすがケン。おいらの好みをよく知っているッ!」
 さらにもう一つ唐揚げを頬張るショウ。
 今度は醤油の香りが立つ衣に、やはり挟んであるチーズは青海苔風味。
「や、やるな……ケンッ!」
「でも、膝をついていない……ボクの作った五色唐揚げを予想できていたってことだろ?」
「ショウはおいらと同じくらいチーズ好きだからね。だから今度はこっちの番だッ! 喰らいなッ! おいらのチーズ料理ッ!」
「へぇ。分厚いだけのチーズトーストをかい? いいよ。こんなものでボクを……な、なんだとッ!」
 ケンのかぶりついたトーストの耳部分から、ダムの放水のように勢いよくチーズが流れ出した。
「こっ、これはチーズを乗せたトーストなんかじゃないッ! 分厚いトーストの内側を押し潰してプールのような凹みを作り、そこにこの暴力的な量のチーズをッ! 表面張力でただのスライスチーズにしか見えなかったのにッ! しかもこれはただのチーズじゃないッ! モッツァレラ、それも本物の水牛の……」
 モニター内のショウのアバター、その背後に地響きが鳴り響き、現れたのはバッファローの群れ。
 ケンの手のひらから何羽も放たれていた色とりどりのチーズ鶏たちは簡単に弾き飛ばされる。
 全てを破壊しながら突き進むバッファローの群れはやがて、ケンのアバターをも宙へと跳ね飛ばした。
 現実のケンもまた、ヘッドギアが外れ高く吹き飛んだ。
「なッ! なんという圧倒的パワーッ! 贅沢なチーズの洪水ッ! ショウ選手、この料理の名はッ?!」
「エターナル・バッファロー・モッツァレラ・レクイエム・トーストッ! 天国のかーちゃんと、そしてチーズ好きのケンへ捧げる最高のトーストさ!」
「ショウ……ボクに、捧げるだって?」
 弱々しく起き上がろうとするケンの元へショウは走り、その手を優しくつかんだ。
「当たり前だろ。だってケンは……」
「いまさら何だって言うんだよ! ショウが言ったんだよ? ボクはもう親友じゃいないって……」
「だって、おいら知っちゃったんだ……ケンが実は女の子だって。だから……その……ケンのことを考えると……親友というよりは……その……」
 ケンは開きかけていた口を閉じる。
「そっか……やっぱりあのとき、見られてたんだ」
「あ、いや、お、おいらはみ、見てないッ」
「いいよ。ショウにだったら見られても……そのかわり、責任とってくれよ。ボクの本当の名前は華月(けるな)。帝王教育のために男装を強いられていたけれど……ショウも知っての通り、女だよ」
「チョット! ショウニツバツケタノ、ワタシガサキヨ!」
 イタリア人ハーフのアリーチェが、バッファロー・モッツァレラを片手にショウと華月の間に割り込もうとする。
「勝利ッ! 勝利ッ! 今回のクック・ファイトは小学生クック・ファイター天外ショウが四天王とキングを破って完全勝利ーッ!」



 一ヶ月後、商店街の一角にある小さな町中華には明るい笑顔が溢れていた。
 厨房にはショウが、そして接客には二人の美少女が。
「ショウノミセハ、アリーチェガテツダウカラ、ケルナハグループノシゴト、シテレバイイヨ」
「残念でした。これも総裁教育の一環だから。最終消費者の気持ちを学ぶには、その場にいなきゃってね」
「華月にアリーチェも! ほら、ビッグ・インフェルノ・チャーハンできたよッ!」
 その様子をスマホで撮影する金新留津家執事の羊河(ひつじがわ)が映像を送る先は、金新留津グループ傘下の病院のとある病室。
「見ているか、天国の真紀世(まきよ)。俺たちの息子はモテモテだぞ」
 タブレット越しに店内の様子を見つめていた虎読の頬を涙が一筋、つたった。



<終>
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