お題【薄明】

文字数 4,293文字

 久々に会ったダチの羽振りが良かったから理由聞いたらさ、「トワイライト・ビジネス」を始めたとか言いやがってな。
 響きが胡散臭そうだし、軽い気持ちで「いいねぇ」って流したら、やり方教えてくれたんだよ。
「いいのか?」
「減るもんじゃないし、時間もかかるし、向いてない奴はそもそも無理だし」
 ああ、時間ならある。というかできたばっかだった。
 彼女と別れたばかりでさ。
 そもそも彼女と続いていたらダチとの飲み会にも来ていなかったし――いや、いつまでも別れたことを考えるのも未練がましいなっつって、俺は気分転換に「トワイライト・ビジネス」ってのを始めてみることにしたんだ。

 まずは誰のでもいいからお葬式の前の夜にさ、亡くなった人と一晩過ごすだろ。あんときに絶やしちゃいけないロウソクの火、あれをな消す前に分けてもらうんだ。
 これは思ったよりもうまくいった。
 なんせうちの町内にはご老人が多いし、普段からご近所さんと挨拶してるし、重たそうな荷物持ってたら代わりに運んであげてるしさ。
 外面がいい?
 そういうんじゃねぇよ。ほら、安月給だったからさ。
 お菓子とか作りすぎたおかずとか家庭菜園で採れた野菜とか分けてくれんだよ。
 そんな仲良さのおかげで次の行程も思ったよりもうまくいったよ。
 その火を空き家に運ぶんだ。絶対に途中で消したらダメっつー制約付き。
 火を運ぶ前に空き家を確保しなきゃいけねぇのはハードル高いよな。
 俺んときは運良くさ、空き家化したご実家を掃除してくれるなら貸してもいいよって人が居てさ。
 ああ。町内会関係よ。
 ま、最終的には俺の人柄のおかげかな。
 なんてのは置いといて、実際に火を運んぶんだがよ、これまたけっこう工夫が必要でさ。
 ロウソクの火って思ってたよりも簡単に消えちゃうんだよな。あ、これは事前練習のときの話な。
 いや練習するだろ?
 だってけっこう先行投資が必要だからな。
 いやいやいや。ダチに金を渡すわけじゃねぇよ。そういう胡散臭いのとは違うぜ。
 ホームセンターのアウトドア用品コーナーでキャンドルランタン買ってくんだよ。
 あと、交換用のロウソクな。
 小ちぇえロウソクだと頻繁に交換しなきゃいけねぇだろ?
 キャンプ用のだと一度点けたら九時間もつってのがあんのさ。
 しかもランタンなら風も防げるし。キャンプ流行り様々だよな。
 え? ロウソクの種類?
 直火ならどんなロウソクでも問題ないらしいぜ。
 それでな。次が一番の難関。
 ロウソクを変えてもいいからずっと絶やさずに火を守るっつーな。あと自分の気配は消さなきゃなんだよ。
 ここなんだよな。
 このビジネスに向いてるか向いてないかがきっぱり分かれるところ。
 スマホがあれば暇つぶしになるって思うだろ?
 たださ、火が消えないように見守らなきゃいけねーからさ、スマホに夢中になっちまったら危ないぜ?
 例のキャンドルランラン置く場所ってのが、外から入れるドアに面した部屋って指定があってさ。
 窓じゃダメなんだ。ベランダとか縁側とかと同じ高さで床がある部屋じゃないと。
 しかも窓をわずかに開けておかなきゃいけねぇしよ。
 そう。隙間風くんのよ。
 ロウソクが燃え尽きる時間前でも火が消えてないか見守る理由がわかったか?
 俺の借りたとこ?
 ああ、庭付きの一戸建てだよ。
 縁側からすぐは外廊下でさ、曇ガラスがはまった木のサッシを開けると部屋。
 俺はふすま一枚挟んだ隣の部屋。
 そこで気配を消すってのがまたアレでさ。
 昼間ならトイレ行ってもいいけど、日が暮れかけたらもうチャンスタイムで、トイレの物音とか立てたらダメなんだよ。
 電気も点けねぇ。
 無理じゃねぇよ。
 俺は紙おむつ買ったぜ?
 でもな。本当にしんどいのは紙おむつより睡魔だな。
 なんせ火が消えたらチャレンジ失敗だからよ。
 結局、初日はついつい貫徹。
 そう初日だよ。翌日も頑張ったぜ。
 運良くお亡くなりになったじいさんが金曜の夜だったからさ。土日はフルフル使えたってわけ。
 二日目の日曜は、昼間のうちに仮眠取って。
 あ、ロウソク取り替えるタイマーはしっかり付けたぜ。
 アラーム音が漏れないようにイヤホンは必須な。
 そこまでしても二日目も何も現れず。
 気がついたら月曜の朝よ。
 ここまでやったからにはもうあとには引けねぇ。
 三日目は仕事休んで続行したぜ。
 いや、むしろ不思議と目が冴えてきてんのよ。
 そうして迎えた夕暮れにだな、奇跡は起きやがったんだよ。
 ちょっぴり開けた木製サッシの隙間から差し込んでくる夕焼け色の日差しがな、ロウソクが部屋の中をチラチラと照らす色と同じ色になったなって思ったそんときだよ。
 何か黒い影みたいなのが部屋の中に入ってきやがった。
 外から差し込む光の筋が絨毯に見えるくらい、その上をすーって入ってくんのよ。
 その光の終点だった部屋の片隅でさ、影はぴたりと止まって、崩れるみたいにそこに座ったんだよ。
 んー。人の形なんかしてねぇんだよ。でも「座った」って思っちまったんだ。
 俺が? 見える人かって?
 違うと思うけどな。姉貴はガンガン見えるタイプだけど、俺は初めてだったんだよ。あんなハッキリ見えたのはさ。
 もしかしたらロウソクの火のせいかもな。
 ほら、お葬式前夜の寝ずの番の火だろ。なんかそういうパワーとかありそうじゃね?
 で、その影だよ。
 部屋の片隅でずっと動かねぇんだけどよ、ずっと誰か居る気配みたいなのはさせてんのさ。
 目ぇ、離せないだろ?
 ところがさ、そんなときに限ってロウソクの火がヤバくなってきちまったんだ。
 取り替えようにも部屋の中にはあの黒い影が居るしさ。
 そういうときの注意事項? あー、言われてる。
 二体以上集まっていたら部屋には絶対に入るな、ってね。
 でもよ。あの黒い影が「一体」かどうかってのが俺にはわかんなくてよ。
 それに「見えないの」とかが居るかもしんねぇだろ?
 仕方ないから暗闇ん中でじっと息をひそめて朝までコース。
 もしかしたら途中、ちょっと寝ちまってたかもしんないけど、気付いた時には夜が明けていて、あの黒い影も居なくなってたんだ。
 おいおい。これでおしまいなわけねぇだろ。
 「来た」ってのが大事なんだよ。
 そんで「来たのに邪魔されなかった」ってのも。
 ダチも言ってたからよ。一度、来さえすれば、次からは来易くなるって。
 そしたら布団でも敷いておいてやりな、ってのもな。
 バカだな。俺が寝るんじゃねぇんだよ。
 お前、トワイライトってなんだか知ってるか?
 日本語にすると薄明っつんだよ。
 言い換えるとな、黄昏とか、逢魔が時とか。
 まさにそれなんだ。
 逢魔が時ってのは漢字で「魔に逢う時」って書くんだけどな、この魔に逢うのが誰かってのは漢字に含まれてないだろ?
 人だけじゃねぇんだよ。魔も魔に逢うんだよ。
 全部言わせんなよ。
 それにまだ、一体来ただけだしな。
 そっからは毎週末、その空き家通いさ。
 確かに色々と来るようになったぜ。
 なんつーかさ、野生動物が自分の臭いでマーキングするだろ?
 あんな感じじゃねぇのかな。
 でもだんだん気配が増えてくのは楽しいぜ?
 突然出てこられるとこっちだってビックリするけどよ、来るように準備してちゃんと来てくれたりするともうなんか感覚が違うんだよな。恐怖ってよりは店にお客が来る感じで。
 まあ実際お客みたいなもんさ。
 何を売るのか?
 いやもう提供してるだろ?
 居心地の良い休憩処をよ。
 そうだろ?
 俺もこの方法聞いた時途中からすっかり忘れてたよ。金儲けの方法だってことをさ。
 焦んなよ。時間かかるって言ったろ。
 俺はそういう生活を一年くらいは続けたかな。
 火はずっと絶やさないようにな、仕事も通勤合わせて絶対に九時間超えないとこに変えてな。
 騙されてないかって?
 いやもうそういう気持ちは通り越してんだよ。
 実際、来ては居るわけだし。
 次はどんなのが来るのかってもうそれ自体が楽しいんだよ。
 野鳥観察ってあんな感じなのかな。
 平日仕事してても週末の休みが待ち遠しいんだ。
 連続ドラマみたいな感じよ。つーか大河だな。
 その後?
 気になるか?
 まあ、こうしてお前に話してる時点で察しろってやつだよ。
 おうよ。
 とうとう居憑きやがったんだよ、気配がな。
 布団がキモだぜ?
 いや冗談じゃなくマジでそれ。
 居心地の良い場所。
 たまたま居合わせた男霊と女霊が二人きり。
 「死」に近い灯り、生きてた頃を思わせるふかふかの布団。
 何も起きないわけねぇだろよ。
 そうしてデキたのが、霊と霊との間に生まれた赤ん坊霊なんだ。
 ダチは「養殖もんの座敷童子」って言ってたな。
 天然もんの座敷童子は自分で気にいった家に憑くだろ?
 でも養殖もんは違うぜ。
 養殖もんは火に憑くんだ。例のロウソクだよ。
 憑いてきてるのがわかるんだよ。
 長いことあちら側の連中を観察してたせいか、俺も見えるようになっちまってさ。
 育ってきたらお供えもんも変えてな。
 最初は粉ミルクで、次は離乳食。
 ネットで子育ての食事の情報とか集めたりしてな。
 俺、独り者なのに妙に詳しくなったぜ?
 最近は大人の人間と同じモノ供えるんだ。
 俺と同じものが好きみてぇでさ、三日に一回は牛丼屋のカレーを備えてるぜ。
 あとは肉好きだな。
 ああ。肉は高ぇよ。
 作りすぎたおかずをわけてもらってた頃の俺には無理だったけどよ、今の俺なら毎日だって肉を供えてやれるぜ?
 儲かってる?
 おうよ。順調だぜ。
 今はもうこの仕事一本でやってけてるからさ。
 金になるのかって?
 それがなるんだよ。
 二人目以降は養子に出してっからよ。
 座敷童子の養殖っつったろ。
 鼻汁出るような値段でも買いたいっつー奴は少なくないんだぜ?
 一人目?
 手放す気はねぇよ。特別だからな。
 なんつーかもうさ、家族みたいな感じだからさ。



 嬉しそうに語る友人にそれ以上は何も言えなかった。
 実は僕も見えるんだ。あちら側の住人が。
 だからソレが火ではなく友人自身に取り憑いているのも何となくわかる。
 黄昏の下で遭った人みたいなぼんやりとした薄い黒い影。
 けど、そこまで。
 怖くて直視できないし。意識も合わせたくないし。
 友人は「座敷童子は育つもんだ」と言っているが、本当に、そうなんだろうな。
 今や彼の背を優に超えているそれは身を縮こませるように友人にしがみついていて、その長い指の何本かを友人の頭に刺しているから。
 友人が時々、僕の質問に答えようとして突然やめて虚空を見つめていたのはソレのせいな気がしてならない。



<終>
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み