お題【ぐちゃぐちゃ】

文字数 1,632文字

 お昼ごはんは憂鬱――千世(ちよ)はため息をつきながら机を並べる。
 クラスメイトたちからの明らかな距離を感じながら。
「ちょっと群平(ぐんぺー)! 机はやくっ!」
 群平と呼ばれた少年は何かに気をとられていた様子で、ハッとした表情で千世を見つめてから慌てて机を運んできた。
「ケンちゃんの机も手伝って」
 班ごとに机を付き合わせて食べる決まり。
 ケンちゃんは不登校なのに机をセッティングしなきゃいけない理不尽さにもため息をつく。
 千世の班は四人。
 残り一人、ぱる子は机の角がきっちり合わないことを気にして、いつまでも細かな調整を行っている。
 昼休みになると毎回繰り広げられるこのドタバタだが、千世にとって本当の憂鬱はこれからだった。

 千世は席についてお弁当の蓋を開けて――ああ、来た――ひときわ大きなため息をつき、二本の箸を右手でぐっと握りしめ、弁当箱の中央へと突き刺した。
 間髪を入れず、ぐちゃぐちゃとかき混ぜ始める。
 千世は恥ずかしさに唇を噛み締めながらも、止められぬ右手を睨みつける。
 どうして私が――心の中で嘆きながら。

 群平は、そんな千世を横目に弁当箱を抱え込む。
 食べ盛りの小学生男子とはいえ、不自然に大き過ぎる弁当箱を。
 大きな腹の虫が鳴る音。
 クラスメイトたちは彼らを冷笑混じりの目で見つめるが、そんなことにかまってはいられない。
 彼のズボンのポケットから小さなドラゴンがするりと抜け出して尻尾でひょいと弁当箱の中身を盗んで食べ始めるから。
 食べるスピードよりも明らかに減りが早い弁当箱をごまかすために、群平は箸を弁当箱へと突き立て、ぐちゃぐちゃとかき混ぜる。
 それを口へかき込むフリをして半分以上は膝へとこぼす。
 ドラゴンはそれらを全て器用に食べ尽くす。
 その嬉しそうな表情を見た群平は少しだけ救われる。
 ひょんなことから拾ったこのドラゴンが飢えて死ぬとき、彼の命もまた尽きてしまうという呪詛に縛られた群平ではあったが、彼はこのドラゴンが好きだった。
 汚い食べ方も腹の虫も全部自分のせいにして、群平は弁当箱を空にした。

 そんな二人を認識しながら、ぱる子もまた弁当箱の中身をぐちゃぐちゃとかき混ぜていた。
 一般的な人間の食べ物を模してはいるが中身は彼女のために調合された高濃度エネルギー混合食。
 接種可能な状態のまま長時間放置すれば異常なまでに放射線を撒き散らしてしまうため、分離した状態で弁当箱へと収め、経口摂取の直前に混合しなければならない。
 でもそれは仕方ないこと。
 半分以上機械化された彼女の機能を維持するためには。
 強大な敵を焼き尽くす火力を出力可能にするためには。

 千世の手が止まる。
 どうやら通信が終わった様子。
 ちょっと前に宇宙人にさらわれて以来、この時間になるとこの箸型の端末を用いて定期連絡をするようになってしまった。
 年頃の少女が科せられるには最悪に限りなく近い行為。
 それでも千世が耐えているのは、引き換えに超能力を使えるようになったから。
 ため息をもう一つついて、千世はようやく弁当の中身を食べ始めた。

 一方その頃、ケンちゃんは自宅でぐちゃぐちゃになっていた。
 彼が学校に行けなくなってしまった理由がこの発作だった。
 666分ごとに悪魔の姿が表面に現れてしまうこの発作はいま、彼の頭部を異様な八腕類の姿へと変えてしまっている。
 元はと言えば、遊び半分で試した魔法陣がうっかり発動してしまった瞬間、片足が魔法陣の一部を踏んでいたために召喚された悪魔が彼の体に宿ってしまったためなのだが。
 いつか戻れなくなる日が来るのではないだろうか――そんな恐怖に怯えながら、彼は静かに発作が終わるのを待った。



 昼ごはんの時間が終わる。
 四人はそれぞれに、先ほどまでのぐちゃぐちゃが、まるで何でもなかったかのように振る舞おうとしていた。
 いずれ、この四人が地球を救うことになるのだが、そのとき彼ら四人の恋愛感情もぐちゃぐちゃに絡み合うのだが、それはまた別のお話。



<終>
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