お題【盲信の結末】

文字数 1,028文字

「ママの言うこと聞いておけば間違いないから」
 彼女にとってママは絶対だった。
 ママが駄目だって言ったから好き嫌いはしない。
 ママが駄目だって言ったからテレビもマンガも見ない。
 ママが駄目だって言ったからあの子たちとは遊ばない。
 ママがやりなさいって言ったから勉強も学校以外に一日十時間は頑張った。
 おかげで彼女の成績は学校一。
 苦しかったけれど満足感があった。
 ママの言う通りにしていれば間違いなかった。
 なのに。
 彼女は恋をした。

「君はママの操り人形じゃない」
 男はそう言った。
「君のママには教えられないことを僕は教えてあげられる」
 彼女は初めてキスをした。
 初めて幸せというものを感じた。
 彼女はママへ初めて嘘をついた。
 男は彼女を連れ出し、彼女に多くの初めてを教えてくれた。
 さらに男は彼女に初めての労働も紹介してくれた。
 その仕事が風俗と呼ばれることだけは教えずに。

「君は男に騙されている」
 客はそう言った。
「男は君を利用しているだけだ。私なら君を自由にしてあげられる」
 客はそう言いながらも彼女に説教を始めた。
 彼女にとってはそれが新鮮だった。
「いいかい。君に命令したり、君の行動を制限したり、とにかく君を利用しようとする者は絶対に信じちゃ駄目だ」
 彼女は勉強が得意だったから、その言葉の意味もよく理解できた。
「よくわかりました」
 彼女はそう答えて、客から自由になった。
 その客はもう二度と彼女を利用しようとしないだろう。
 彼女は自由に興奮した。
 次に彼女は男から自由になり、その次はママからも自由になった。
 これでもう何者も彼女に命令したり、行動を制限したり、とにかく利用しようとはしないはず。
 彼女は自由を満喫した――かった。

「人殺し! こっちに来ないで!」
「何するの! やめて!」
「助けて!」
「そこの君! 武器を捨てなさい!」
 自由になったはずの彼女に、なぜか多くの人が命令し始めた。
 彼女は勉強が得意だったから、気がつけた。彼らが彼女の自由を奪おうとしている、と。
 だから彼女はその度に自由を守った。
 それなのに、彼女の自由を脅かす者を排除すればするほど、彼女の自由へ干渉してくる者が増えた。
 彼女は勉強が得意だったから、考えた。これはアプローチを間違えている、と。
 自由を守ろうとして、実は自由を閉じ込めているのではないか、と。

「こうすれば良かったんだ」
 彼女は満足していた。
 彼女は幸せだった。
 彼女は何もかもから自由になれた。



<終>
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