お題【生きてて良かった】

文字数 875文字

 みいちゃんにはひみつのおともだちがいた。ぬいぐるみのくまちゃんだ。
 みいちゃんが生まれたときからずっとそばにいたくまちゃんは、まわりに人がいないときにこっそりとみいちゃんへ話しかけてくれた。
 くまちゃんは実はみいちゃんのお兄ちゃんで、本当はいまごろもっともっと大きくなっていたんだよって。みいちゃんはいつもそばにいて話しかけてくれるお兄ちゃんが大好きだった。

 みいちゃんが三輪車に乗れるようになった頃、みいちゃんはお兄ちゃんをおんぶして家の近くをよくドライブするようになった。
 お兄ちゃんはいろんなことを教えてくれた。
 大きな段差の前では三輪車をいったん降りること、怖い犬には近づいたらいけないこと、遊びにいったらお菓子をくれるおばあさんの家だって教えてくれた。

 ある日、みいちゃんとママがお散歩していたとき、ご近所さんが来てママと話しこみはじめた。そのとき、お兄ちゃんがみいちゃんに言ったんだ。

「いまだよ、こぎだして。おもいっきり」

 みいちゃんはお兄ちゃんの言う通り一生懸命こぎだした。後ろからママが慌てて追いかけてきたけれど、お兄ちゃんの言う通り止まらなかった。向こうから車がやってきたけれど、みいちゃんはお兄ちゃんが大好きだったからこぐのをやめなかった。

 大きなブレーキの音がした。


 
「良かった……生きてて良かった……ごめんね、みいちゃん。ママが目を離したりしたから、ごめんね」

 すり傷だらけのママはみいちゃんをぎゅっと抱きしめて立ち上がり、よろよろと歩道へと戻った。
 みいちゃんを轢きそうになったトラックも停まり、運転手さんが心配そうに降りてきた。ママはみいちゃんを抱きしめながら泣いていた。
 するとみいちゃんの口から、男の子の声がした。

「僕もそんな風に言われたかったな」

 それを聞いたママは反射的に立ち上がり、首を振りながら後ずさって、トラックの陰から飛び出してきたバイクにはねられてしまった。
 みいちゃんはその日からもう、お兄ちゃんにもママにも会えなくなってしまった。



<終>
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