第21話 ナザレのイエス

文字数 2,477文字

「そんな論争をしたいとは思いません。聞いても意味が分かりません。なにがどうであろうと、天地と人類を創造したエロヒムが楽園を作るのです。それだけは確かです」
 主張はするものの、私の頭は明らかに混乱していた。

「それは失礼しました。ただ、かつてのわたくしは利他愛を示しただけに過ぎないのです。人のために自分を役立てることを」

「かつての、わたくし?」
「はい、わたくしがそう言うのですから」

 私の抱いた疑問に答えるように、ミシュアが言葉を発した。

「わたくしは、あなた方が知るところのナザレのイエスです。もちろん元が付きますが。
 地球時間の二千年ほど前、大工のヨセフと妻マリアの間に生まれました。もちろん、種として当然の営み、愛し合うという行為の元に」



「あなたが、イエス・キリストだったというのですか」
「はい。かつては、ですが。処女懐胎(しょじょかいたい)などという話は、イエス・キリストがその誕生から神の子であったということを示そうとする意図を持っています。馬鹿げたことです。
 わたくしは人類を救うためではなく、覚醒のもとに知った神へ向かう道を説きました。旧約聖書にある、人を裁き、罰し、信仰を要求する神ではなく、宇宙創造の神へ導くために世に姿を現しました。しかし、願いは時を経て捻じ曲がっていきました」
 ミシュアは少し哀しそうに眉を歪めた。

「その原因は、旧約聖書の神と大いなる存在を混同したままだったからです。それと、信者を教会に呼ぼうと躍起(やっき)になった教会にも原因はあります。それが地上に混乱を生んでいるとしたら、心の痛むことです」

 処女懐胎(しょじょかいたい)ぐらいは知っているが、旧約聖書と言われてもよく分からない。旧約聖書と新約聖書の違いも、それぞれにどんなことが書かれているのかも知らないのだから。

「大いなる存在を(あが)めることに、何らの儀式も装飾もいりません。むしろ崇めることすら不要です。ただ、愛せばよいのです。一人ひとりが利他の心で生きることです。そこに神が顕現(けんげん)します。わたくしは、かつて言いました。
“わたしがあなたがたを愛したように、あなたがたも互いに愛し合いなさい”
“何事でも人々からして欲しいと望むことは、人々にもそのとおりにしなさい”と」

「もしもあなたがイエスだとするなら、望むものは何でも叶えられるというのですか。エロヒムよりも力があるというのですか」

「もう一度言います。エロヒムは天地創造の神ではありません。エロヒムもアヌンナキも同じものを指し、『天から降り立った人々』、あるいは『天空から飛来した人々』という意味を持っています。彼らは(きん)を必要としたのです」

(きん)……ですか?」
 声がひっくり返ってしまった。嘘もここまでくれば噴飯(ふんぱん)ものだ。
「装飾品ですか? それとも歯にでもしたんですか?」

「いえ、自分たちの住む惑星を、有害な宇宙線から守るためにです」
「惑星ですか?」また声がひっくり返ってしまった。「神がどこかの星に住んでいるんですか? そんな話は初めて耳にします」

 呆れて修道女もどきを見た。女はまじめな顔でコクリコクリと頷いた。イエス・キリストもどきと修道女もどきに挟まれて、私はふぅとため息をついた。

「そうです。ニビルという惑星です。その金の採掘地に選ばれたのが地球でした。そして、その奴隷として使うために、エロヒムと地球の猿人を掛け合わせて造られたのが人類です」
「奴隷? そんなバカな。冗談にしてもひどすぎます」思わず一歩、身を乗り出した。創造神エロヒムを馬鹿にするにもほどがある。

「真実です。しかしある時、彼らは方針転換をしました。それにより、太陽系を3600年周期の超長楕円軌道で回るニビルが近づき彼らが地球に来るたび、唐突としか言いようのない高度な文明が誕生しました。これはご存知ですね?」

 不承不承ながら、頷かざるを得ない。
「メソポタミア文明の初期を担ったシュメール人は、その起源すら謎に包まれています。彼らの持っていた先進的な技術や知識も謎のままです」
 それは──確かに知っている。これに反論はできない。

「しかし、人類を支配するために植え付けたものはそのままです」
「支配をするために植え付けたもの?」



「そうです。それは、“恐れ”と“罪悪感(ざいあくかん)”です。旧約聖書をよくお読みになればその意図がわかります。登場するのは怒りの神です。そんなものなど存在するはずがないというのにです」
 怒りの神と言われてもピンとこない。ここは己の勉強不足を恥じ入るしかないが。

「なぜ恐れる必要があるのでしょう。なぜ罪悪感を覚える必要があるのでしょうか。わたくしは何度でも言います。大いなる存在は裁きません。罰しません。人類はどんなものにも支配されてはなりません」こちらが嫌味な反応をしても、感心するほどにミシュアは笑みを絶やさない。

「そして、かつてのわたくしは救い主ではありません。それに卓越した超能力者でもありません。唯一の大いなる存在が施した法則を他の人より上手く使えた者に過ぎません。神の愛を説いたひとりの人間に過ぎないのです。ですから、あなたの希望をすべて叶えることなどできません。しかし、一部はきっと、あなたの選択次第で」

「選択、次第……」私はこの穏やかな人に、負けたのだと悟った。
「あなた方を手助けしようとする善なる存在たちは、何も要求しません。指一本曲げることすら求めません。わたくしはかつて、こうも言いました。
“祈り求めるものはすでに得られたと信じなさい、そうすればその通りになる”
 これが、大いなる存在が宇宙に組み込んだ法則です。あなたはあなたらしく、あるがままに」
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み