第5話 結果

文字数 919文字

「坂上部長、お電話です」受話器から女性事務員の声がした。
「はい、どこから?」
「内藤様という男性の方です。どちらのとお尋ねしたのですが繋いでもらえばわかりますと」

 内藤という名に覚えはなかった。しかし、一度顔を合わせただけで親しげにしてくる取引先の人はいるものだ。坂上は受話器を上げてボタンを押した。



「お世話様です。坂上です」
「あ、お忙しいところ恐縮です」その声は親し気と言うより事務的だっだ。

「○○警察署ですが、坂上優子さんのご主人様でよろしいでしょうか」
 警察。それに、妻の名前? 瞬時に閉じた毛穴が、体表を静電気が走るように粟立たせた。
「はいそうですが、何か……」

 妻に限って、そんな癖があるとは到底思えなかったが、一時の気の迷いによる万引きのようなものか、あるいは事件、事故か。

 私は何か覚悟を決めるように、唾を飲み込んだ。それは耳の奥で思いのほか大きい音を立てた。それに遅れるように耳元でカツンと音がした。人差し指の爪が受話器の腹に当たった音だった。私の指は強く受話器を握りしめていた。

「奥様が自動車事故に遭われまして」
 事故──私は息で呟いた。事故などという言葉はテレビで流れるものだった。

「ええ。飲酒運転の車に()ねられたんです。○○町の救急病院に搬送されました」
 自分の吸った息が小さな音を立てるのを、私ははっきりと聞いた。

「で」周りを見渡し声を落とした。
「容体はどうなんですか? 無事、なんですか」

「まだ何とも分かりませんが、至急おいでいただけますか」
 何とも分からない。救急病院に搬送。簡単な怪我ではなさそうだ。私は理由を告げて会社を早退し、タクシーを拾った。

 病院についた時点で、妻はもうこの世の人ではなかった。
 飲酒運転によるハンドルの操作ミスで、小型の乗用車は妻を撥ね、民家のブロック塀に激突した。運転手は骨折こそしたものの命に別条はなかった。

 救急病院に搬入されたときすでに心肺停止状態だった妻は、結局助からなかった。死に顔はどこか苦しげで、悲しげだった。
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