第18話 ミシュア

文字数 1,166文字

「ようこそおいでくださいました」
 その柔らかな声は朗々として胸に響き、心に染み入るようだった。

「私は別に、来たくて来たわけではない」
 思ったよりも憮然(ぶぜん)とした声になったことに自分でも驚いた。状況を飲み込めず不安を覚えた私の、素直な反応だった。

「それはごもっともで」ミシュアと名乗った存在は柔和に微笑んだ。

「それにここは、いったいどこなのですか」光り輝きながらも、まったくまぶしさを感じさせない奇妙な空間を見回した。
 先ほどの修道女まがいは、うっとりとした表情でミシュアを見つめている。

「地上から少し離れた場所です」
「地上から離れた場所? ビルの上階ということですか」
「ビルの上階は地上から離れているとは言いません。ちなみに、ここはあまり場所を変えませんので、あなたの勤め先の新橋でもありません。すぐにすべてを理解することが難しいことはよく分かります」

 ミシュアの周りには誰も見えないのだが、多くの気配を感じる気がした。
 それはたとえば、飲み会に一人参加しただけで、場を一瞬にして盛り上げてしまうパワーを持った人がいるけれど、それにどこか似ていた。
 その人が帰ると、数人が抜けてしまったような静けさになる、あの雰囲気に。

「あなたはいったい、この私に何がしたいのですか」
「わたくしはなにもしません」ミシュアは微笑み、ゆっくりと首を振った。「それに何も要求しません。あなたが選択するのです」

「宗教なんでしょう? 彼女にも言いましたが、妻は死んだんですよ。酒酔い運転の車に()かれて死んだんです。子育ても終わって娘も結婚して、これから何か趣味でも始めようかなんて言っていた矢先なのに……」感情が高ぶってくる。
「酒を飲んで車を運転するなどという、常識外れで馬鹿な男に殺されたんです!」

 握った拳が怒りでぷるぷると震える。ふっと二の腕と背中に暖かみを感じた。修道女まがいの女が、落ち着けと触れているのだろう。それでも、止まらなかった。

「なぜなんですか!」
 相手違いの理不尽な質問をぶつけているような気がした。しかしそれは、私の胸の中でくすぶり続けた、答えの出ないやるせなさだった。

 ミシュアは黙って聞いていた。彼女は私の背中をさすり続けている。私の言動はどこか、親に()ねる子供の心境に似ていると、ふと思った。

 彼女もどこか逆らえない雰囲気をまとっていたが、目の前の男は格段上だった。



「生まれいずることが必然なら、死もまた必然です。宇宙のあまねくところ、偶然などという目を出すサイコロは存在しないのです。そしてあなたのパートナーは死んだのではなく、夢から目覚めただけです」
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