第9話 ごう

文字数 1,081文字

「今度親しい人たちと集まりがあるんですのよ、趣味の集まりとでもいうのかしら、ぜひいらしてください」

 正直、気のりはしなかったのだが、ふたたびにこやかにゴミを奪おうとする磯崎さんに誘われて、休日同行することになった。休日は溜まった洗濯と掃除があるから、かなり迷惑だった。

 チャルメラ溺死事件の共犯者、柴田さんがハンドルを握るボルボに乗り込んだ。車内はやはり粉っぽい匂いがした。外は寒かったが、私は少し窓を開けた。



「どちらへ向かうのですか」の質問に、「総本山です」という思いもよらない声が柴田さんから返ってきた。それですべてを理解した。宗教の勧誘だったのだと。

 宗教は、悩む人、苦しむ人、悲しむ人、心が弱っている人が好きだ。

 厄介なものに捕まったものだが、走り出した車を止めさせて降りるわけにもいかない。まな板の上の鯉になってしまった私は、小さくため息をつきシートに背中を預けた。隣に座る磯崎さんは素知らぬふりで車窓を眺めていた。

 妻が死んだ事故の状況。その朝のこと。問われるままに答えたが、それはやがて問わず語りになっていった。

 着いた場所は、どこかのお山の中腹に立つ荘厳なお寺でも、ひなびた神社でもなく、郊外にある古びた建物だった。

 一軒家と呼ぶには大きすぎ、ビルと呼ぶほどでもない二階建てで、かといって総本山という呼び名に似合う感じでもなく、たとえれば、かつてどこかの企業が研修所として使っていたものを買い取ったというか、そんな風情の建物だった。
 生活感はなかったから住まいではなく、そのためだけに所有しているのだろう。

「ごうです」向かい合い正座をするなりいきなり口を開いた人物は、私と同じ50台と思われる白髪交じりのいかつい男だった。年季の入った作務衣(さむえ)を羽織り、左手にはその姿に似つかわしくないロレックスのごつい腕時計。右手には数珠をつかんでいた。

「あ、はい」名前を名乗ったのだろうが、郷ひろみのごうにしてはイントネーションがおかしかったため、私は返す言葉に詰まった。

(ごう)、すなわちカルマです」なるほどその業だったのか。はぁ……。私は間の抜けた声を出した。

「奥様の事故の原因はあなたにあります。ご存知でしょうがすべての出来事には原因があります。原因があって結果が生まれるのです。因果の法則です」

 こちらを見つめるその眼光は鋭く、人を飲み込むような強さがあった。私は怯えるように小さく、はいと頷いた。
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