第12話 お布施

文字数 1,364文字

「坂上さんも同志になったわ。あ、さっそく教祖様に御祓(おはら)いをしてもらったほうがいいわね」磯崎さんは喜びを隠しきれない様子で何度も頷いた。

「仏教、ですよね」御祓いは神道とかではなかったろうか。
 磯崎さんは何? とでも言いたげな顔を向けた。彼女は実のところ、よく理解していないのかもしれない。

「教祖様はあらゆる宗教を研鑽されたお方です」私の疑問を察したらしい柴田さんが口を挟んだ。
「仏教はもちろん、神道やキリスト教、イスラム教、ユダヤ教を含め、あらゆるものをです」
「そうそう、そう仰ってたわ」磯崎さんが激しく同意した。
「そして悟りの境地に入られたのです。宗教の枠を超越したのです」




 数珠を片手に、(ごう)と厳しい顔をしたり、総本山と名付けた建物で御経を唱えたり、かと思えばエロヒムが楽園を作るといったり、どこかちぐはぐな印象を与えるように思えたのは、宗教を超越したからなのか。

「お金はかかるんでしょうか」問題はそこだ。
「もちろんタダというわけにはいかないわ。みんなやってもらいたがるものだし、順番待ちなのよ」

「高いんでしょうか? いくらぐらいなんでしょう」運転席を気にして小声を出した。
「金額は決まってないのよ。志でいいのよ」磯崎さんは気にする様子もなく大きな声を出して自分の胸に手を当てた。

「そうなんですか」
「お金がない方には無料でおやりになったこともあるのよねえ」磯崎さんは再び運転席に前のめりになった。

「それは特殊な例ですね。お仕事をされている方で、全くお金がない方というのはいらっしゃらないものです」
「でも、全財産を差し上げた方もいらっしゃるわ。ねえ、柴田さん」

「全財産をですか⁉」
「でも、それで命が助かれば安いものだわよね」磯崎さんは真顔になった。

「50万ぐらいが相場ですね。もちろん上限はありません。料金ではなく、お布施ですので」柴田さんがニュース原稿でも読み上げるように口にした。

「50万……ですか。その、なんというか払う金額によって違ってきたりはするんでしょうか、効果というか」

「金額によって変わるのはおかしいと思いませんか?」柴田さんはちょっとムッとしたようだった。
「すみません、余計なことを」

「あくまでお布施です。でも、高ければ、教祖様も念入りになさるかもしれませんね。坂上さんもしっかり信心して、功徳を積んでください」

 おいおいおいおい、私はぼったくりバーにでも座らされている気分になった。しかし、最高位の霊とコンタクトをとれる人などそうそういるはずもない、それに何より、命には代えられない。




 家に帰り、方便品(ほうべんぼん)第二とやらのお経のCDを聞いた。経文を広げブツブツと読み上げたが、なかなかついていけなかった。

 お経の文字を見る限り、三昧から起きた世尊が舎利弗(しゃりほつ)に諸仏の知恵を授ける話だろうか。漢字ばかりでよくわからない。

 ただ、教祖が口にした、南無妙法蓮華経は宇宙のリズムであるという言葉は納得できそうな気がした。
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