第1話 コントラスト

文字数 560文字

 世界には、この目に映るものと、目を()らしても見えないものがある。

 手を伸ばせば届いていたのに、その指先に()れるものさえない空虚(くうきょ)な空間は、確かにあった(ぬく)もりを、過去の悲しい記憶に変える。

 生と死の境界線を渡るとき、ひとは何かを見るのだろうか。何かを理解し、何かを悟ることがあるのだろうか。

 それとも、眠りに入る瞬間を認識することがないように、知らぬ()に死の領域に溶けていくのだろうか。

 死の世界は、どのようなものなのだろう。なにもないのだろうか、それとも、個たる存在としての意識を持つのだろうか。



 耳を澄ませば聞こえてきた音は失われ、地面に落としていた影は消え去り、静寂は不在だけを伝えてくる。

 生と死は、存在と無、(いち)(ぜろ)にくっきりと分けられるのだろうか。

 それとも一連の事象であって、連綿(れんめん)と続いてゆくものなのだろうか。

 いずれにせよ、その静と動のコントラストは、表現を拒むほどに圧倒的に胸に迫る。

 愛していると、伝えてくれないか。
 ずっと愛していたと、誰か伝えてくれないか。
 風よ雲よ空よ、私が悪かったと、伝えてくれないか。
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