第4話 原因

文字数 989文字

 朝の身支度を整えダイニングに向かった私は、テーブルに思いもよらないものが乗っていることに気がついた。それは湯気を立てていた。
 椅子に座ってそれをじっと見た。そして、眉間が険しくなるのが自分でも分かった。

「なあ──なあ」返事がない。
「おい!」再び妻に呼びかけた。
「はい?」声が返ってきた。

「なんで朝からビーフシチューなんだよ! 馬鹿かお前は!」
「あ、いえ、昨夜あなたが急な打ち合わせで召し上がらなかったから、その……」妻がスリッパをパタパタとさせて走り寄ってきた。




 打ち合わせと言っても、会社の仲間数人と酒を飲みに行っただけだが、確かに夕飯は食べなかった。

「朝からこんなコテコテしたもの食えるか! 焼き魚と納豆と味付け海苔はどうしたんだよ! 何十年飯を作ればわかるんだ!」

 朝食をきっちり食べて昼は軽く済ませる。それがずっと続けてきたことだった。昼食がコーヒーだけで終わる日も珍しくはなかった。

 健康上のことや、何らかのポリシーがあってのことではないが、朝を抜いて昼にがっつり食べると仕事中に眠くなる。あれが嫌なのだった。

「すみません。作ろうとした矢先に絵里から電話があったりしたものだから」
「どうせまた夫婦げんかの愚痴だろう? それと俺の飯とどっちが大事なんだ。これから一日仕事をするんだぞ。その第一歩なんだよ!」

「すみません。絵里がね……」
「そんな話聞きたくもない」
「いえ、そうじゃないんですよ」
「もういい! 出かける」
 私は、椅子を蹴るように立ち上がった。

「あなた、何か召し上がらないと。パン──トーストでも焼きますか。すぐにできますよ。ベーコンエッグとコーヒーでも」声が追いかけてくる。
 靴ベラを手に取り、磨かれた靴に(かかと)を通す。

「いらん!」
「ごめんなさい。途中で何か食べていってくださいね」
「余計なお世話だよ」
 突き出した長い靴ベラを妻は手に取った。

「今日は定時に終わりそうですか? 夕飯はカレーにしますか?」妻がおずおずと尋ねた。
「そんなものいちいち聞くな」言い捨ててマンションのドアを出た。

 私とて、普段からこんなに横暴な男なわけではない。しかし、習慣を断ち切られたことにひどく腹が立った。
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