第11話 御本尊

文字数 1,224文字

 本尊と経文と数珠に、教祖の書いた一冊の本を手にしていた。

 タイトルが原色で踊っている。
『目覚めよ! 時は近づいた』
 サブタイトルも大きめに踊っている。
『人類創造神が姿を現す日』

 けしてセンスがいいとは言えないが、表紙のタイトルは惹きつけられるものがあった。

 仏壇は一番小型のものを持ち帰ることにした。支払いは後日にしてもらったが、それにしても20万円近くはかかった。仏具店で買えば、きっともっと安いのだろう。

 本尊の開眼法要は教祖が済ませたということで、そのまま安置してくださいということだった。
 かいげんほうよう? 説明を聞くと、要は単なる作り物の曼荼羅(まんだら)と仏像を尊い仏様にすることらしい。




 磯崎さんは、よかったわねえと胸の前で小さく手を叩いた。
 来るときと同じように、柴田さんの運転する車に乗り込んだ。この人は教祖夫人だろうか。訊けずじまいだったが、普通の主婦がボルボには乗らないだろう。

「坂上さんも感じたでしょうが、教祖様はそれはそれは素晴らしいお方です。愛に溢れていらっしゃいます」磯崎さんはうっとりとした口調になった。

「それに、福運もおありになるのよ」
 両手を胸の前で合わせたまま、グッと体を寄せてきた。あまり近づかないで欲しい。

「福運、ですか?」
「そうなの。たとえばどこかのお店に教祖様がお入りになるとね、閑古鳥(かんこどり)が鳴いていたお店にどんどん客が入ってくるのよ。ねえ柴田さん」

「ご一緒されたことがあるんですね」
「いえ」柴崎さんは少しの恥じらいも見せずに否定した。大丈夫か、柴崎さん……

「ここが一番肝心ね。地上にユートピアを建設されるのです。凄いでしょう? そしてわたしたちの魂は、高みへ高みへと昇って行くのです」

「高みへ、ですか」
「そうです。教祖様は高次の霊とコンタクトがとれるのよ」
「高次の霊?」
「天上界でも最高位の存在です」す、凄い。私はわけもなく興奮した。

「それに信者さんも全国に大勢いらっしゃるの」
「全国規模なんですか」
「そうですよぉ」今さら何をと言わんばかりに、磯崎さんは誇らしげに笑った。

「海外に支部も多くあります」柴田さんが補足した。
「海外にもですか」
「もちろんです」
 そうだった、そうだった。磯崎さんが頷いた。

「年に二回は全国からその信者さんたちが集まるの。一週間泊まり込みで勤行三昧なのよ。教祖様のお話もあるの。それを何回にも分けてやるのよ。もちろん海外からもお見えになるのよ」磯崎さんの目は輝いていた。
「すごいですね」

「柴田さん、どれぐらいやるんでしたっけ」磯崎さんは運転席に前にのめりになる。
「春と秋、一回にだいたい3か月はかかるわね」柴田さんが口を開く。「だから、年に半分は研修をしているようなものだわ」
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