第13話 銀杏並木
文字数 1,465文字
「あれが絵画館だよ」ふたりは横断歩道の真ん中で立ち止まった。
「うわぁ、素敵ですね」飯田優子は、はしゃいだ声を上げた。
「これって、遠近法で絵画館が遠くに見えるようになってるんだってさ」
銀杏並木の中心を貫く車道の向うに、聖徳記念絵画館が建っている。確かにそれは実際よりも遠くに見える。
「あ、カメラ持ってくればよかったね。おっと、すみません」
絶好の写真スポットだから人様の邪魔をしてはいけない。
横断歩道を渡り終え、右に折れて銀杏並木に入る。二人は黄色いじゅうたんを踏んで歩いた。
「それにしても、きれいだね」見上げると一面、黄金 色にさざめく海が広がっている。
それはまるで、高倉健演じる刑務所帰りの勇作が投函した葉書に応えて、倍賞千恵子演じる光枝が、粗末な長屋にこれでもかというぐらい掲げた、幸福 の黄色いハンカチにも見えた。
『もし、まだ一人暮らしで俺を待っててくれるなら……黄色いハンカチをぶら下げておいてくれ。それが目印だ。もしそれが下がってなかったら、俺はそのまま引き返して、二度と夕張には現れない』
「健さんッ」
「はい?」
「いや、なんでも……」
「ここは初めてです。まさに銀杏並木って感じですね」飯田優子も僕に倣 うようにあごをあげた。
「それはよかった。どこなら行ったことがあるの?」
「代々木公園とかならあります。お弁当を持って」
「だ、誰と?」
「友達と」
「と、友達と、お弁当を持って?」
「ええ」
ふぅん
「どしたんですか? そんなにお弁当に食いついて」飯田優子は目をしばしばとさせた。
「いや……代々木公園のイチョウって、どうなんだっけ」
「イチョウだけじゃないからこれほど圧倒的じゃないですけど、それなりにきれいですよ。あちこち座れるところもあるし」
「今度行ってみようか、お弁当を持って」
「お弁当にこだわりますね」
「いや、そういうわけでもないんだけど」
「坂上さんが作るんですよね?」飯田さんが三日月に微笑む目を向けた。
「はい?」
「さぞかし美味しいんでしょうねぇ──って冗談です」
「でも、おにぎりぐらいなら作れるよ。俵型にして味付け海苔を巻いたやつ」
「いえ、そのおにぎりは遠慮します。あたしこう見えてもお料理は好きなんですよ、得意とまでは言いませんけど。お弁当のおかずは何が好きですか」
「すごくしょっぱい塩じゃけに──ちょっと甘めの卵焼きに、お味噌汁に、あとは──味付け海苔!」
「は?」飯田さんは、珍しい生き物でも見るような目でこちらを見た。
「お弁当にお味噌汁を要求しますか」
「いやいや、もちろんお弁当にお味噌汁はいらないよ」
「でも、食がジジくさいですね。まだ二十代なのに」
「僕は小学生の頃、教頭先生というあだ名だった」
「それって……」飯田さんの首がゆっくりと傾 いでゆく。
「嬉しいですか?」
「偉くなったような気はしたかな」
はぁ……飯田さんは痛そうに眉を曲げた。
銀杏並木はどこまでも続くかと思えたが、終わりが見えた。半分は歩行者天国になっている道路を渡り、ふたりは反対側の並木を青山通りに向けて折り返した。
「うわぁ、素敵ですね」飯田優子は、はしゃいだ声を上げた。
「これって、遠近法で絵画館が遠くに見えるようになってるんだってさ」
銀杏並木の中心を貫く車道の向うに、聖徳記念絵画館が建っている。確かにそれは実際よりも遠くに見える。
「あ、カメラ持ってくればよかったね。おっと、すみません」
絶好の写真スポットだから人様の邪魔をしてはいけない。
横断歩道を渡り終え、右に折れて銀杏並木に入る。二人は黄色いじゅうたんを踏んで歩いた。
「それにしても、きれいだね」見上げると一面、
それはまるで、高倉健演じる刑務所帰りの勇作が投函した葉書に応えて、倍賞千恵子演じる光枝が、粗末な長屋にこれでもかというぐらい掲げた、
『もし、まだ一人暮らしで俺を待っててくれるなら……黄色いハンカチをぶら下げておいてくれ。それが目印だ。もしそれが下がってなかったら、俺はそのまま引き返して、二度と夕張には現れない』
「健さんッ」
「はい?」
「いや、なんでも……」
「ここは初めてです。まさに銀杏並木って感じですね」飯田優子も僕に
「それはよかった。どこなら行ったことがあるの?」
「代々木公園とかならあります。お弁当を持って」
「だ、誰と?」
「友達と」
「と、友達と、お弁当を持って?」
「ええ」
ふぅん
「どしたんですか? そんなにお弁当に食いついて」飯田優子は目をしばしばとさせた。
「いや……代々木公園のイチョウって、どうなんだっけ」
「イチョウだけじゃないからこれほど圧倒的じゃないですけど、それなりにきれいですよ。あちこち座れるところもあるし」
「今度行ってみようか、お弁当を持って」
「お弁当にこだわりますね」
「いや、そういうわけでもないんだけど」
「坂上さんが作るんですよね?」飯田さんが三日月に微笑む目を向けた。
「はい?」
「さぞかし美味しいんでしょうねぇ──って冗談です」
「でも、おにぎりぐらいなら作れるよ。俵型にして味付け海苔を巻いたやつ」
「いえ、そのおにぎりは遠慮します。あたしこう見えてもお料理は好きなんですよ、得意とまでは言いませんけど。お弁当のおかずは何が好きですか」
「すごくしょっぱい塩じゃけに──ちょっと甘めの卵焼きに、お味噌汁に、あとは──味付け海苔!」
「は?」飯田さんは、珍しい生き物でも見るような目でこちらを見た。
「お弁当にお味噌汁を要求しますか」
「いやいや、もちろんお弁当にお味噌汁はいらないよ」
「でも、食がジジくさいですね。まだ二十代なのに」
「僕は小学生の頃、教頭先生というあだ名だった」
「それって……」飯田さんの首がゆっくりと
「嬉しいですか?」
「偉くなったような気はしたかな」
はぁ……飯田さんは痛そうに眉を曲げた。
銀杏並木はどこまでも続くかと思えたが、終わりが見えた。半分は歩行者天国になっている道路を渡り、ふたりは反対側の並木を青山通りに向けて折り返した。