第14話 枯れて落ちるまで

文字数 1,273文字

「これって枯れて落ちたんだよね」僕は黄色く染まった歩道を指差す。不揃いに繰り出すふたりの足元が見える。

「そう、ですね」
「青い葉っぱが枯れて、そして落ちた」
「ええ」飯田さんは立ち止まり、パンプスの先でイチョウの一葉をそっと触った。

「たとえばさ、こうやってさ、なんと言うか……これって枯れたんだよね」
 話が元に戻ってしまった……。
「はい。世間一般的には、枯れたと」

「あそこに青い葉っぱでくっついてたものが、枯れて落ちたんだよね」僕はイチョウの木の上を指さした。

「そう、ですね。念を押すまでもなく」
「人間もいつかこうなっちゃうんだよね」
「真っ黄色になって、人様の足元に横たわるかどうかは分かりませんけど」飯田さんは再び足下に視線を落とした。



「もしもだけど──」僕が歩き出すと、飯田さんも歩いた。

「はい」
「まあ、もしもなんだけど、人生っていうのはさ、なんていうかいつか枯れて終わるわけで」
「はぁ」
「まあ、人というのもいつかこうなるわけで。こうやってさ、落ちちゃうわけで」

「ええ、さっき言ってましたね。落ちちゃうかどうかは分かりませんけど」
 頭の固い教頭先生のせいか、どうもうまく言葉がつなげない。心臓がどうやら耳の奥あたりに移動したらしく、なんだかうるさい。

「そのさあ……」言葉を切って息を吸い込む。「一緒に枯れたりなんてしたりしてさ、なんと言うか……」
「ほぉ」飯田さんは落ち葉を舞わせる風を避けるようにマフラーをぎゅっとした。

「そういうのもいいんじゃないかなあって。まあ、飯田さんがよければだけど」
「なるほど」

「まあ、もちろん、無理にとは言わないけど」
「ふぅむ」
「まあ、飯田さん次第だけど」

「あたしに下駄を預ける前に」軽く顔を(かたむ)け、人差し指を立てた。
「坂上さん、もうひと押ししてみませんか」
「え?」

「もっとはっきり言ってみませんか」
「今、言ったつもりだったんだけど……」
「表現が、かなり──」あ、い、ま、い。飯田さんはコクコクと頷きながら口にした。

 唇をなめた僕は、大きくひとつ息を吸った。
「じゃあさ」
 僕を見つめるその瞳がキラキラと輝いた。

「一緒にいよう。枯れて落ちちゃうまで」
「いいとも、いいとも!」
 銀杏並木に、飯田さんが胸の前で小さく叩く拍手が響いた。
「枯れて落ちちゃうかどうかは、わかりませんけど」

 とその時、飯田さんがひときわ大きく二度手を打ち合わせた。
「流れ星!」

 え! 首を痛めてしまいそうな勢いで空を見上げた僕に、飯田さんはぐふっと笑った。
「嘘です」
「だ、だよねぇお昼だよねぇ」

「置き去りにしないでね」飯田さんは少し真面目な顔をして銀杏を見上げた。
「うん?」
「この日のあたしを、ここに置き去りにしないでね」

 夢から覚めてもなお、妻との懐かしいシーンは暖かく、かつ懺悔を求めるかのように強く、胸を締め付けた。
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