第7話 可燃ごみは火曜と金曜

文字数 1,056文字

 押入れを開け、チェストの取っ手を(せわ)しなく引き、几帳面(きちょうめん)に調えられた中身を引っ掻き回した。

 その行為は妻の痕跡を消し去ってしまうようでためらったが、時間がなかった。
 こうやって焦っていると絶対見つからないような気がしてくるもので、事実、私の人生でその予想はたいてい当たった。

 やがて壁掛け時計に目をやって、ため息をひとつ()きその作業を中止した。

 昨夜からの冷え込みが強く手袋とマフラーを探していたのだが、自分の家なのにそんなものひとつ見つけ出せないとは。それも自分のものを。

 私は膨らませた頬で深い息を吐いた。探し物はあきらめて、帰りに安いものでも買おうと決めて玄関に向かった。振り返ったが、声は、姿は、追ってはこない。

 この世には、取り返せないものがあるのだという悲しい事実を、妻はその身で教えてくれた。

 左手に鞄、右手にゴミ袋を提げてエントランスを出た時だった。

「大変でしたね」
 中年の女性が私の持つゴミ袋を奪うように手に取り、マンションの横手にあるごみ置き場に向かった。



「あ、ああ、すみません。そんなこと」ゴミ袋に手を伸ばすと、「いえ、いいんですよ。どうせあたしも捨てに行くところですから」とスーパーの袋に入ったゴミを持ち上げ、ウインクに失敗したような瞬きをした。

「どうもすみません」はて、このご婦人は通夜や告別式に来てくれた人だろうか。記憶を探ったとて分かるはずもなかった。

 ひとりになったのに、ゴミの量は以前より増えた。容量としてはたいしたことはないのだろうが、スーパーの総菜などのパックゴミの(かさ)が増すからだ。

「色々とご丁寧にありがとうございました。それにゴミまで持たせてしまって」
 今さら通夜と告別式のことは訊けない。言外にお礼を匂わせ頭を下げた。

「おさみしいでしょう。気が張っている時期を過ぎると色々と大変ですからね。あたしは奥さんと親しくしてさせてもらってたんですよ」
「ああ、そうでしたか。それはありがとうございました」
「お困りのことがあったらいつでも仰ってくださいね。3階に住んでます。302の磯崎と申します」

 302号室の磯崎さんか。妻からその名前を聞いたことはなかった。四十九日の忌が明けていないから香典返しはまだだが、その名前に覚えはなかった。それに、どうも、外で待っていたようなタイミングだった。

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