弐 岐路 その一

文字数 2,354文字

僕の名前はアキモトです。
職業ですか?
言いにくいんですけど、犯罪者なんです。

以前は普通に働いていたんですけど、ちょっとした弾みで、道を踏み外しちゃって。
もう後戻りできない所まで来てしまったんです。

それは後悔してますよ。
今思えば、僕は最近二回、人生の岐路に立ったんだと思います。

その都度、選択を間違えたんですよね。
いや、後の方は間違いだったのか、定かでないんですけど。

最初の岐路は、一か月くらい前でした。
その頃の僕は、とにかく金に困ってたんです。

関西圏の二流の私立大学を中退して、そのままフリーターになったんですけど、世の中そんなに甘くはないですよね。
そんな生活は、すぐに行き詰りました。

田舎の実家に帰るということも考えたんですけど、じゃあ帰って何するんだと言われたら、何の取り柄もないんですよね。
資格持ってる訳でもないし、あると言ったら、普通自動車の運転免許くらいでしたから。

そういう訳で、人生に何の展望もなく、アルバイトで何とか食い繋いでるような状況だったんです。
やがてそんな生活に、限界が来たんです。

契機(きっかけ)は、その頃ずっとバイトしてた居酒屋が、潰れちゃったことです。
しかも給料未払いで。

困りましたね、実際。
手持ちの現金も少なかったですし、そのままだと、食べるのにも困る状況でした。

それで、スマホで検索して見つけた、所謂(いわゆる)闇バイトに応募しちゃったんです。
それが一番目の岐路でした。

あの時、実家に帰っていたらと、今更ながら後悔してます。
でも、親に迷惑かけたくないとか、知り合いに馬鹿にされるのが嫌だとか、色々詰まらないことを考えてたんですよね。

僕が応募したバイトは、聞いてみたら、押し込み強盗でした。
でもそれを知った時には、個人情報とかを全部抑えられてて、後戻り出来ないようになってたんですよ。

雇い主は明らかに反社の人たちで、僕らの窓口になったのは、タニという五十歳くらいの大柄な人でした。

怖かったですよ。
反抗したら、確実に殺されてましたね。

そして命惜しさに強盗に入ったのは、住宅街の外れにある一軒家でした。
僕が配置された強盗グループには、他に二人の人がいました。

一人はイナムラという四十代くらいの会社員風の人で、もう一人はミノダという僕より少し上くらいの、チャラチャラした感じの人でした。

役割分担は、イナムラさんが逃走用の車を運転して、僕とタニさんを含めた三人が、強盗役でした。
タニさんという人は、普通一緒に強盗に入ることはないんだけど、僕らが三人とも初めての仕事だったので、見張り役として来たと言っていました。

僕はタニさんから指示された通り、インターフォンを鳴らしました。
中から男の人の声で返事があったので、「宅配便です」と、教えられた通りの回答をしました。

すると少し間が空いた後に、ドアの鍵を外す音がしたのです。
その瞬間僕が、打合せ通りドアを思い切り引っ張ると、チェーンが掛かっていなかったらしく、ドアが全開になったのです。

僕たちはタニさんに続いて、屋内に踏み込みました。
その後のことは、無我夢中ではっきりと覚えていないんです。

気がつくと床に老人が倒れていて、頭から血を流していました。
そして僕の手には、血の付いたハンマーが握られていたのです。

「おい、アキモト。何してんだ。行くぞ」
呆然としていた僕は、タニさんの怒声で我に返りました。
そして恐怖に駆られて、家の外に飛び出したのです。

無我夢中で待機していた車の後部座席に飛び乗った僕は、血まみれのハンマーをまだ握っていることに気づきました。
それを手から離そうとしたのですが、手が強張っていたので、ハンマーは中々離れませんでした。

指を一本一本引き剥がして、漸くハンマーが床に落ちた時には、僕たちを乗せた車は、走り出していたのです。

県外に向かって、夜道を暫く走っていると、先の方に警光灯らしき灯りが見えたんです。
「車止めて、ライト消せ」
タニさん言われたイナムラさんは、道路脇に車を寄せてヘッドライトを消しました。

「ミノダ。お前行って様子見てこい。見つかんなよ」
タニさんに言われたミノダさんは、恐る恐る車から降りて、進行方向にゆっくりと歩いて行きました。

そして慌てた様子で戻って来ると、あたふたした口調で言ったのです。
「駄目です。警察の検問みたいです」

それを聞いたタニさんは、「チッ」と舌打ちして考え込みました。
その様子を、僕たち三人は固唾を飲んで見守っていたのです。

暫く考えた末に、タニさんは言いました。
「イナムラ。少し戻った所に、山に入る道があったろう。あそこに行け」

イナムラさんは言われるままに、車をUターンさせました。
そして2kmほど戻った所から、山道に入ったのです。

山道は途中から舗装がなくなり、車はかなり揺れました。
そして車中では誰も口を開かず、重い沈黙が流れていました。

山道を一時間ほど走ると、道が二股に分かれている場所に差し掛かりました。
イナムラさんは分かれ道の少し手前で車を停めると、タニさんにどちらに進むか訊いたのです。

タニさんは少し考えた後、「左だ」と、短く指示しました。
そして車は言われるままに、左の道に乗り入れたのです。
それが僕にとっての、二番目の岐路でした。

分かれ道から砂利道を1時間程走ると、道の先に突然集落が現れたのです。
小さな民家が道の周囲に散在していて、正面に一際大きな家が建っていました。
そして道は、そこで行き止まりになっていたのです。

僕たちは長時間走り続けていたこともあり、一旦車を降りて外に出ることにしました。
夜の冷たい空気が、身に染みたのを覚えています。

僕たちが車を降りるのと同時に、周囲の家々から、人がぞろぞろと出てきたのです。
それが恐怖の始まりでした。
何故なら、出てきた人たちが全員、まったく同じ顔をしていたからです。
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