参 碧珠 その一

文字数 1,840文字

次は私の順番ですか。
私の名前は、ヤマグチと申します。

海辺の町にある、水産加工会社に勤務しています。
父は地元の漁師をしております。

これからお話しするのは、その父に纏わる話です。
今から丁度20年前、まだ私が中学生になりたての頃でした。

父は小さな漁船を一隻持っていて、一人で漁に出ていました。
以前は母も一緒に出ていたのですが、私と弟が生まれてからは、子育てのために船には乗らなくなっていました。

ご存じないかも知れませんが、漁師の暮らしは非常に不安定なものです。
水揚げは天候に大きく左右されますし、不漁が続くと収入はなくなります。

そして何よりも、漁師はとても危険な仕事です。
「海は魔物」と言われるように、いつ何が起きるか分からないからです。

本当は一人で漁に出るのは危険なのですが、家族を養うために、父は毎日早朝から漁に出ていました。
本当に真面目な人で、一生懸命働いてくれていたのです。

ある日の夕飯時のことでした。
その日の漁で、面白いものが上がったと、父が言ったのです。

そして父が見せてくれたのが、碧色の珠でした。
それは野球ボールくらいの大きさで、神秘的な光を放っていました。

「これどうしたの?」
私が訊くと、父は今日の漁で網に掛かったのだと言いました。
そして今日は大漁だったと。

縁起がいいので、明日から漁には、その珠を持っていくとも言っていました。
そして父は、翌日の漁から、必ずその珠を持っていくようになったのです。

珠の効果は、目を見張るものがありました。
翌日から父が漁に出ると、必ず大漁になることが続いたのです。
そして日を追う毎に、高級魚と言われる魚が、沢山獲れるようになったのです。

そのことに、父も私たち家族もとても喜びました。
暮らし向きが、目に見えて良くなってきたからです。

ただ父は、碧珠のことは、家族以外誰にも言わないように、私たちに厳しく言いつけました。
周囲から、やっかみを受けるのが、面倒だからだと言っていました。

確かにその頃になると、父が毎日大漁で返ってくることに、嫉妬する人もいたようです。
中には、父の船について来て、漁場に割り込んでくる人もいたのです。

父は温厚な人だったので、そういう目に会っても、あまり怒りもせず、漁場を譲ってあげたりしていました。
それでも、父が譲った後では魚がまったく獲れず、移動した先で父が沢山魚を獲るということが何度もあったそうです。
まるで父の船に、魚たちが引き寄せられているかのようでした。

人の嫉妬心とは怖いものです。
そうなってくると、父に嫌がらせのようなことをする人が現れました。

直接何かをする訳ではないのですが、陰口を叩いたり、その日の水揚げを市場に運ぶ際に、強引に順番を割り込んだりと、小さな出来事が重なりました。
相当ストレスの溜まる日々だったと思いますが、父はじっと我慢していました。

そんなある日です。
他の漁師さんの船に、妙な魚が上がったのです。

それは今まで見たこともないような魚でした。
何しろ、目玉が一つしか付いていなかったのです。
大きな目玉が、頭の天辺に一つだけ付いていたのです。

最初は奇形魚だろうと思われていたのですが、同じ魚があちこちで水揚げされるようになりました。
そしてそれは、とんでもない魚だったのです。

まずその魚の近くに置かれた魚が、見る見るうちに腐り始めました。
驚いてその魚を除けようとした漁師さんが、手を刺されてしまいました。
そして刺された部分が、あっという間に、瘤のように腫れあがったのです。

その方は痛みに耐えかねて、すぐに病院に行きました。
そして腫れた部位を切ると、中から血膿がドロドロと流れ出て来たそうです。

その魚の不思議さは、それだけではありませんでした。
写真に写らなかったのです。

一人の漁師さんが、写真を撮って大学に送り、正体を確かめてもらおうと提案されたのですが、デジカメにもフィルムにも写らないのです。
しかし実際に、手で触れることは出来るのです。

そしてその不気味な魚は、暫くすると溶け始め、真っ黒な膿のようになってしまいました。
その様子を見ていた皆さんは、あまりの薄気味悪さに、絶句してしまったそうです。


その魚は、翌日からも水揚げされるようになり、数も徐々に増えていきました。
そして私の父の網にも、その魚は掛かるようになったのです。

父は見つけ次第、海に捨てたそうですが、周りの魚への影響までは防げませんでした。
漁師さんたちは皆、その魚の対処に困り果ててしまいました。
しかし、異変はそれで終わりませんでした。
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