肆 兇言 その二

文字数 2,576文字

次の日、と言うか、昨日の朝なんですけど。
母さんが、私を起こしに来たんです。

「リョウコ、起きなさい。今日は学校あるみたいよ」
多分、朝学校から連絡があったんだと思います。

「早く起きなさい。遅刻するわよ」
私は布団をかぶって、聞こえない振りをしました。

「リョウコ!起きなさい!」
母さんは少し怒り始めました。

そうしたら、横から父さんが口を挟んだんです。
「仲のいい友達が亡くなったから、ショックだったんだろう」

「そうかも知れないけど…」
「今日は休ませてもいいんじゃないか」

父さんと母さんは、私の部屋の前で、呑気にそんなことを喋ってました。
私は、親の声を聞きながら、ムカムカしてきたんです。
――人の気も知らないで、勝手なこと言わないでよ!

私が「死ね」って言ったせいで、人が三人死んだことも、私の顔が変わったことも、両親は知らなかったんで、仕方なかったんですけどね。

でも、それまで親に対して腹を立ててた、小さなことが次々思い出されて。
私の中で、どんどん怒りが大きくなっていったんです。

何でそうなったのか、今でも分かりません。
四日前にあの女の子に言われてから、物凄く怒りっぽくなって、自分の怒りを抑えられなくなっていたんです。

ベッドから起き上がった私は、両親に向かって叫びました。
「父さんも、母さんも。私の気持ちも知らないで、何勝手なこと言ってんのよ!
二人とも、もう死んじゃえ!」

両親は私の方を見て、ビックリした顔をしていました。
そしてそのまま、二人とも倒れて動かなくなったんです。

私は慌ててベッドを出て、両親に駆け寄りました。
でも二人とも、ビックリした顔のまま、動きませんでした。

多分死んでいたんだと思いますけど、それ以上は怖くなって、確かめられませんでした。
救急車を呼ぼうとかは、思いませんでした。
理由を聞かれるのが、怖かったんだと思います。

とにかく家にいちゃいけないと、何故か私は考えたんです。
どうしてそう思ったのか、今でも分かりません。

着替えようと思って、鏡を見た私は、ビックリして、凍りついてしまいました。
また顔が変わっていたんです。

中年のおばさんの顔になってました。
その顔を見て、私は思ったんです。
――私が死ねと言って、人が死んだら、その分自分は年を取るんだ。

寿命っていうんですかね。
私の声で人が死ぬと、多分私の命が縮むんだと思います。
一回で十歳くらい。

もう分ったでしょう。
私がこんな見た目なのに、まだ十五歳の理由。

あれから二回、死ねって言いました。
だから今は、見掛け上六十五歳ってこと。

話を続けましょうか。
それからどうなったか、気になるでしょ?

両親が死んでから、私はとにかく逃げなきゃと思ったんです。
母さんの服を着て、家を飛び出しました。

行く当てもなかったし、お腹も減っていたので、コンビニでおにぎりとお茶を買って、公園に行きました。
おにぎりを食べて、少しお腹が膨れると、冷静に考えるようになって、段々不安になってきました。
自分はこれから、どうなってしまうんだろうって。

途方に暮れるって、ああいうことを言うんでしょうね。
十五歳の中学生には、重すぎるでしょう。

冷静になった私は、両親をあのままにして置けないと考えました。
そして救急車を呼んだんです。

その後、家の近くに戻って様子を見ていたら、救急車が止まっていました。
何故かパトカーも来ていて、大騒ぎになっていました。
多分、救急隊員の人が、警察を呼んだんだろうと思います。

私が家からいなくなっていることは、すぐにバレるだろうなと思いました。
でも今の見掛けだったら、私が誰だか、分からないだろうなとも思ったのです。

両親が救急車で運ばれるのを見届けて、私はその場から立ち去ろうとしました。
その時、「コバヤシさん?」って声を掛けられたんです。
声の方を見ると、近所のおばさんでした。

その時、私は思ったんです。
四十五歳って、丁度母さんと同じ年で、私は母さん似だったから、そのおばさんが私のことを、母さんと間違えたんだって。

私の顔を見て首を傾げているおばさんに、何故か急に怒りが湧いてきたんです。
子供の頃に、些細なことで、そのおばさんに何度か注意されたことがあって、突然そのことを思い出したのが原因でした。

「何よあんた。死んじゃえ」
私はおばさんに向かって呟きました。

その時にはもう、結果がどうなるか分かっていました。
予想通りおばさんは、その場に倒れて動かなくなったんです。

私は急いでその場から立ち去りました。
家の前にいた警察の人が、こっちを見たような気がしたからです。

元の公園に戻って、トイレの鏡を見ると、思った通りでした。
また十歳くらい、顔が老けていたんです。

その時にはもう、半分どうでもいいという気持ちになっていました。
だって、どうしようもないじゃないですか。

私だって、言いたくて「死ね」なんて言ってるんじゃないんですよ。
ただ、どうしてだか分からないけど、怒りを抑えられないんですよ。
今まで十五年間、ずっと我慢してきてたんだから。


その後公園のトイレを出ると、警察の人に声を掛けられたんです。
多分、さっきおばさんが倒れた後に、そこから逃げ出したから、怪しまれたんだと思いました。

投げやりになっていた私は、そのまま警察に捕まろうかと思いました。
もうお金も殆ど残ってなかったし、この先どうして生きていったらいいか、分からなかったし。

でも駄目だったんです。
私に声を掛けた警察の人の言い方が、物凄く癇に障ったんです。

「あんたたちなんか、死んじゃえ」
その後どうなったか、もう分るでしょう?

私はとにかく、その場を離れました。
多分顔は今の状態、六十五歳くらいになっていたと思います。

そして行く当てもなく、ふらふらと歩いているところを、そこの執事(バトラー)という人に声を掛けられたんです。
ここで自分のことを話したら、お金を貰えるって。

まあ、お金があれば、この後少しは生きていけるかなと思って、ついてきました。
死ぬ気なんてないけど、多分そんなに長く生きられないんで。

これで私の話は終わりです。
面白かったですか?
他人(ひと)の不幸話を聞いて。

あんたたちは、いいわよね。
私みたいな目に、会ったことないでしょう。

突然こんなことになった、中学生の気持ちって分かる?
分かる訳ないよね。

ああ、段々ムカついてきた。
あんたたち、一体何様なの!
あんたたちなんか、全員死……
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