第29話 幸せな最期

文字数 2,459文字

 レイドには〝槌〟も何も視えなかった。
 だから、彼の瞳には、クローネスが自ら後ろに跳んだように見えた。
 確かに、そう見えたのに――彼女は森から出てこない。群生した植物に呑みこまれたまま、立ち上がる気配もない。
 レイドも同じだ。無様にも膝を付き、立ち上がる気力が湧き上がらない。
 
 ――絶対に大丈夫だから。
 
 あれは、嘘、だったのだろうか? 
 あの笑顔も何もかも、オレを護る為の優しい嘘だったのだろうか?
 破壊神の顔がこちらに向く。ゴミを見るような、不快な表情を浮かべていた。
 まるで、オレの所為でクローネスが死んでしまったかのように――自分で手を下しといて、悼む素振りを見せる破壊神に、レイドは憤りを隠せなくなる。

「盾も武器もなく……友もいない――」
 
 叫び出したい衝動を堪え、鍛冶神の讃歌を必死で吐き出す。

「小さい私をも……守ってください――」
 
 立ち上がり、歩み寄る。

「人神風情が神の道を妨げるな」
 
 視ることは叶わなくとも、感じることはできる。破壊神の聖奠の気配に気圧されてか、レイドは言葉を失った。
 
 いや――違う!
 レイドが立ち竦んだのは――
 
 ――ぶすり、と音がした。
 
 静謐な森の中で、肉を裂く生々しい音色、不釣り合いな金属の旋律、そして――玲瓏たる王の声。

「――十字架の血に(ウエルカムヴォイス)
 
 転がるようにして、レイドは軌道上から逃れる。破壊神の背中から生えてきた刃は、鍛冶神が作ったものだった。
 
 ――狩猟神の〝弓〟が、剣を〝矢〟として放つ。
 
 レイドは錯覚する。突然刃が消えたように――血が噴出した。破壊神は開いた穴に手をやるも、諦めたかのように下ろした。

「何故、生きている?」
 
 心臓を破壊されてなお、彼は言葉を口にした。

「貴方は今まで、自分が壊してきたモノに興味を持ってこなかった。だからよ」
 
 破壊神は得心したかのように漏らす。

「まさか、子を孕んでいたとはな……」
 
 レイドの識見通り、クローネスは自ら後ろに跳んでいた。
 それを破壊神は勘違いしたのだ――自らの無知と無関心ゆえに。

「皮肉、だな。創世神同士だと、人としての力が勝敗を喫するとは」
「えぇ、本当にそうね。だから、貴方は負けた。ここで死ぬ」
「……豊穣神は、こんな我を受け入れてくれる……だろうか」
 
 心細い声だった。

「……森は全てを受け入れる。それは貴方であっても、例外じゃないわ」
「そう、か。そう……か。〈子〉に看取られるというのも、悪くないな。どおりで人間は、幸せそうに死ぬわけだ……」
 
 まもなく、破壊神の器だった人間は死ぬ。
 今際に、逃げろ、と言葉を残して――

 
 呆然としているレイドの手を引き、クローネスは巨大な猛禽に跨る。

「急いで!」
 
 余裕の感じられない命令に巨鳥がいななき、空へと踊りだす。

「どういうことだ、ロネ?」
「器が死んで、破壊神が解放される。死神の時のように……」
「破壊神が解放……されるだと?」
「えぇ……。目的は、私ね」
 
 かの成聖者の言葉を信じるならば、見逃すはずがない。クローネスを殺すか、原初神が止めに入るまで暴れ続ける。
 暇 な 神(デウスオティオーティス)といえど、自らの世界は大事であろう。
 このまま破壊神が暴れ続ければ、いつかは動き出す。
 しかし、その時には世界が壊滅しているに違いないと、クローネスは覚悟を決める。

「大丈夫だ、ロネ」
 
 不安を察してか、後ろから抱きしめられた。

「シャルルもシアもいる。役に立たないかもしれないが、オレもペルイもリルトリアだって力になる」
「でも、私はあの子たちに……」
「……約束、憶えているか?」
 
 不意に、レイドの声音が変わった。クローネスは言葉を呑み込んで、耳を傾ける。

「――王女として頑張ったら迎えに来る」
 
 それは約束ではなく、お願いであった。交わされることなく、クローネスが一方的に告げただけの想い。

「ロネ、おまえは頑張った。王女として、充分にやった。だからもう、そんなに頑張らなくていい。あとは任せろ。オレたちに頼れ」
 
 体をよじるも、クローネスは振り返ることができなかった。レイドの力は強く、少し痛いくらいに拘束している。

「おまえがただのクローネスとして生きたいと望むのなら、何処へだって連れて行ってやる。王女として生きたいのなら傍に仕えてやる。その為ならオレは、なんにだってなってやる」 
 
 ぎゅっと、クローネスは羽を掴む。猛禽が巨体に似合わない鳴き声をあげるも、我慢して、と意地悪な命令を下す。

「――約束だ。これからはずっと一緒にいる」
 
 嬉しくて嬉しくて、今は自分のことだけを考えていたい。

「絶対に生きて帰るぞ」
 
 レイドは自分自身にも言い聞かせるよう強く、強く言葉に乗せた。

「もう、誰も失いたくない。みんな同じ気持ちだ。だから、一緒に戦う。ジェイルの時みたいに、一人で行かせはしない」
「うんっ、わかった!」
「それと……あまり無茶をするな」
 
 そっと下腹部に触れ、レイドは恥ずかしそうに囁いた。

「うんっ!」
 
 子供みたいにクローネスは繰り返す。うんっ、うんっと。頷き、前方にそびえ立つ、天を貫かんばかりの大地の槍に気付く。

「シャルルっ!」
 
 驚き、クローネスは森を振り返る。破壊神の姿は……見えない。少なくとも、クローネスの瞳には映っていない。
 ひとりでに、森が爆ぜる。あとには、灰燼と化した痛ましい空間。
 異様な光景を空から見下ろし、クローネスは大きく旋回してシャルルの元へと急ぐ。
 
 そこで、創造神の鉄槌が振り落とされた。
 崩壊した塔さながら、森へと倒れ込む。
 
 シャルルには、破壊神の居場所がはっきりとわかるのだろう。大地の刃は木々へとぶつかる前に塵へと消えた。
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登場人物紹介

戦神の成聖者、リルトリア(16歳)。ミセク帝国の皇子だが、継承権は下位。


聖寵:戦場の声を聴く(身の危険を察する)

聖別:対象は武具。使用者に重さを感じさせなくする

聖奠:王権。兵たちを意識レベルから支配し、操る


創世神の1柱でもある狩猟神の成聖者、クローネス(17歳)。ファルスウッド王国の王女。


聖寵:動物の声を聴く

聖別:対象は動物。文字通り、使役する

聖奠:投擲。あらゆるモノを〝矢〟として放つ狩猟神の〝弓〟を召喚

鍛冶神の成聖者、レイド(26歳)。身分違いの恋から逃げるよう放浪中。


聖寵:鉄の声を聴く(金属強度・疲労を理解)

聖別:対象は鉄。形を自在に変える

聖奠:鍛冶場の形成。金属を切り裂く武器を生み出す

この世界の最高神でもある創造神の成聖者、シャルル(11歳)。仲間たちと破壊神の行方を追っている。


聖寵:大地の声を聴く

聖別:対象は大地。文字通り、自在に操る

聖奠:天地創造。あらゆるモノを凌駕する創造神の゛手〟を召喚

創世神1柱でもある豊穣神の成聖者、シア(22歳)。同じく、破壊神の行方を追っている。


聖寵:植物の声を聴く

聖別:対象は植物。文字通り、使役する

聖奠:水源。水を生み出す、豊穣神の〝甕〟を召喚


航海神の成聖者、ペルイ(30歳)。破壊神の行方を追う、2人の保護者。


聖寵:潮読み。波風の声を聴く

聖別:対象は船。波風を軽減する

聖奠:嵐を呼ぶ(制御はできない)

医神の成聖者、エディン(28歳)。新大陸を目指して、海上を旅している。


聖寵:往診。身体の状態を聴く

聖別:対象は医療器具。消毒、清潔に保つ

聖奠:治癒

慈愛神の成聖者、テスティア(18歳)。その力を失い、現在はただの人として働いている。


聖寵:愛の程度を聴く(他者がどれだけ神に愛されているか――その力の多寡、気配を察する)

聖別:対象は神に愛された人。神の力――聖寵、聖別、聖奠を増幅させる

聖奠:結界。愛情の深さに応じた防御壁の形成

正義神の成聖者、ジェイル(16歳)。先の戦いで謎の死を遂げている


聖寵:神託。神の声を聴く

聖別:対象は人と物。穢れを払い、加護を与える

聖奠:神の裁き。自らの行い、立場が善であればあるほど力を増す

この世界の最高神でもある、破壊神の成聖者。名前も年齢も不明。先の戦いで唯一生き延びた邪神の1柱。


聖寵:壊れる声を聴く

聖別:対象はあらゆるモノ。異形の魔物へと変える。もしくは灰燼と帰す

聖奠:あらゆるモノを打ち砕く破壊神の〝鎚〟を召喚

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