第27話 親子の決着、哀しき出生

文字数 1,743文字

 相手が人間であれば、既に戦いは終わっている状況であった。
 あとはもう、残敵を殲滅するだけ。
 敵が屈しない以上、それは仕方のないこと。
 一方的な虐殺に背を向け、リルトリアは父の前に立つ。

「まさか、こういう結末になるとはな」
 
 驚いた様子もなく、淡々と皇帝は漏らした。

「お聞かせ下さい、父上――」
「理由などない。ただ、全てを壊したくなった。それだけだ」
 
 機先を制すように皇帝は吐き捨てた。

「そんな理由で兵たちを……あのような姿に変えたのですか?」
「納得がいかんか?」
「当たり前でしょうっ! 貴方が、そのようにわたくしを育てた!」
 
 慟哭するかのように、リルトリアは叫んだ。

「どうしてですか、父上! 貴方には真っ当な倫理観があったはずです! でなければ、今のわたくしは存在いたしません!」
 
 大きく、長い溜息を皇帝は挟んだ。

「少し、昔話をしようか。おまえの母の話だ」
「……母上の?」
 
 初めてのことだった。
 父が、母の話題をだすのは。

「あれは奴隷だった。なのに強く気高く……どのような辱めを与えても、決して心を折れなかった。だから、私はおまえを生ませた」
 
 前後の文脈から、リルトリアの頭の中は悪い予感でいっぱいであった。

「女である以上、腹を痛めて生んだ子供は大切に違いない。おまえを人質に取れば、あの女も屈服するだろうと考えたのだ。合理的であろう」
 
 リルトリアは黙殺し、先を続けさせる。

「だが、甘かった。おまえをあの女から取り上げ、刃を突きつける前に――あれは自害した。止める間もなく、見事な手際だった。私は馬鹿みたいにその光景を見ていたよ。あの女は笑っていた。結局、私はあの女を思い通りにできなかったのだ」
 
 ――老いだ、と皇帝はぼやいた。

「今まで、私は全てを思い通りにしてきた。それができなかった。そこで初めて私は老いを、自分の死を自覚したのだ。いつか死ぬ。それも遠くない未来に……想像しただけで恐ろしかったさ。狂いそうになった」
「現に、貴方は狂気に呑まれた」
「そうだ、私は耐え切れなかった。だが、その前に考えたのだ。私が死んだあと、どうなるのかを。私が手にしたモノや築いてきたモノは、誰の手に渡るのか――否、誰の手にも渡したくなかった」
 
 だからこそ、今のおまえが存在するのだと、皇帝は最悪な台詞を口にした。

「誰の手にも渡らない、民に分配されるのなら、まだ耐えられた。しかし、私の息子たちにそのような器量を持つ人物はいなかった。だから、まだ赤子だったおまえを選んだ」
「そんなっ……! そんな理由で貴方は!」
 
 ――わたくしを生ませたのか、母を死に追いやったのか。そして……真っ当に育て上げたのか!
 
 溢れんばかりの激情が湧き上がってくるも、喉元で詰まる。

「あとはもう、説明するまでもないだろう。私はいつ、おまえに殺されるか待っていた。しかし、おまえは一向に手を下さなかった。だから、狂ったのだ。怖くて怖くて仕方がなくてな。兵たちは道連れだ。私が死んだあとのことを考えれば、兵などいないほうがいいに決まっていたからな」
 
 最早……返す言葉もなかった。
 リルトリアは黙って、剣を構える。

「やっと……か。やっと眠れるのだな、私は」
 
 畢竟(ひっきょう)、誰かが手を下さねばならないというのなら、自分以外にあり得なかった。

「お待たせして……申し訳ございませんでした……っ」
 
 父にとって殺すことが罰になるとは思えないが、生かしておく訳にもいかない。

「貴方の意志は、確かに受け取りました。到底、納得のいくものではありませんでしたが……感謝しています。貴方のおかげで、わたくしはかけがえのない仲間を手に入れることができたのですから……それだけは、感謝しきれません」
 
 泣きながら訴えるも、父には何も届いていないようだった。

「それでは……安らかにお眠りください――」
 
 せめてもの慈悲で、リルトリアは刃を振り下ろした。一撃で楽になるようにと――父の首が地面に転がる。
 
 その顔は本当に安らかで、皮肉にも、今まで見た中で一番幸せそうであった。
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登場人物紹介

戦神の成聖者、リルトリア(16歳)。ミセク帝国の皇子だが、継承権は下位。


聖寵:戦場の声を聴く(身の危険を察する)

聖別:対象は武具。使用者に重さを感じさせなくする

聖奠:王権。兵たちを意識レベルから支配し、操る


創世神の1柱でもある狩猟神の成聖者、クローネス(17歳)。ファルスウッド王国の王女。


聖寵:動物の声を聴く

聖別:対象は動物。文字通り、使役する

聖奠:投擲。あらゆるモノを〝矢〟として放つ狩猟神の〝弓〟を召喚

鍛冶神の成聖者、レイド(26歳)。身分違いの恋から逃げるよう放浪中。


聖寵:鉄の声を聴く(金属強度・疲労を理解)

聖別:対象は鉄。形を自在に変える

聖奠:鍛冶場の形成。金属を切り裂く武器を生み出す

この世界の最高神でもある創造神の成聖者、シャルル(11歳)。仲間たちと破壊神の行方を追っている。


聖寵:大地の声を聴く

聖別:対象は大地。文字通り、自在に操る

聖奠:天地創造。あらゆるモノを凌駕する創造神の゛手〟を召喚

創世神1柱でもある豊穣神の成聖者、シア(22歳)。同じく、破壊神の行方を追っている。


聖寵:植物の声を聴く

聖別:対象は植物。文字通り、使役する

聖奠:水源。水を生み出す、豊穣神の〝甕〟を召喚


航海神の成聖者、ペルイ(30歳)。破壊神の行方を追う、2人の保護者。


聖寵:潮読み。波風の声を聴く

聖別:対象は船。波風を軽減する

聖奠:嵐を呼ぶ(制御はできない)

医神の成聖者、エディン(28歳)。新大陸を目指して、海上を旅している。


聖寵:往診。身体の状態を聴く

聖別:対象は医療器具。消毒、清潔に保つ

聖奠:治癒

慈愛神の成聖者、テスティア(18歳)。その力を失い、現在はただの人として働いている。


聖寵:愛の程度を聴く(他者がどれだけ神に愛されているか――その力の多寡、気配を察する)

聖別:対象は神に愛された人。神の力――聖寵、聖別、聖奠を増幅させる

聖奠:結界。愛情の深さに応じた防御壁の形成

正義神の成聖者、ジェイル(16歳)。先の戦いで謎の死を遂げている


聖寵:神託。神の声を聴く

聖別:対象は人と物。穢れを払い、加護を与える

聖奠:神の裁き。自らの行い、立場が善であればあるほど力を増す

この世界の最高神でもある、破壊神の成聖者。名前も年齢も不明。先の戦いで唯一生き延びた邪神の1柱。


聖寵:壊れる声を聴く

聖別:対象はあらゆるモノ。異形の魔物へと変える。もしくは灰燼と帰す

聖奠:あらゆるモノを打ち砕く破壊神の〝鎚〟を召喚

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