第25話 開戦、破壊神と狩猟神

文字数 3,644文字

「意外だな、森を灰燼に帰すつもりか?」
「それで貴方を殺せるのなら、望むところよ」
「なるほど。豊穣神とは違うというわけか」
「言ってなさい!」
 
 クローネスは地面を穿ち、煙幕を張った。素早く四足獣に跨り、森の中を馳せ回る。
 障害物のない場所で対峙して、勝ち目がないのはわかった。
 
 森を壊すのならそれでいい。
 僅かでも、疲労してくれるのなら――
 
 木々の隙間から針を通すように〝矢〟を放つも、破壊神は手だけを動かし〝槌〟で弾く。
 
 ――まただ、とクローネスは訝る。
 
 相手を翻弄するよう四足獣から大蛇へと乗り移り、木の上から狙いを付けるも――通用しない。
 
 囮に獣を走らせるも、破壊神は意にも解さず突っ立っている。
 
 クローネスはまた四足獣へと騎乗し、小石を拾い上げた。威力を一点に集中させ、貫通力を高める。
 
 的の位置は、囮を務めている獣たちが教えてくれる。
 大木――障害物越しに、狩猟神の聖奠が牙を振るう。木々を貫きながら破壊神の後頭部にかじりつこうとするも、彼は手だけの動きで防いでみせた。

「無駄だと言った理由を教えてやろう」
 
 こちらの位置までは掴めていないのか、破壊神はあらぬ方向を向きながら口にした。

「創世神の聖奠は世界を壊す。そして、我にはその音が良く聴こえる――わかったか?」
「……聖寵? 破砕点を知るだけじゃなかったのね」
「そうだ。だから、どれだけ攪乱しようとも無駄だ。聖奠を使う限りな」
 
 今更ながら、彼が肉体を強化した理由を思い知る。

「それと、そろそろこちらからもいくぞ?」
 
 破壊神の〝槌〟は、形も大きさも自由自在なのか、突如巨大化した。それを軽々しく薙ぎ払い、周囲の木々が粉砕されていく。
 咄嗟にクローネスは上空へと回避するも、

「障害物のない空はお勧めできんな」
 
 避ける範囲がないほどに〝槌〟の面積が広がる。

「――お願いっ!」
 
 狩猟神の命に従い、大型の獣が破壊神に牙を剥く。

「――恵みあれしもべらに(ゴッド・オブ・ザ・プロフェット)
 
 気にせず、破壊神は自分の腕を食わせた。波打つ筋肉に肉食獣の牙が突き刺さり、

「――壊れよ」
 
 血液に触れた瞬間、獣は壊れ始めた。

「やはり、肉体を変えといて正解だったか」
「化け物がっ!」
「我が生まれ育った村の人間は、確かに我のことをそう呼んでいたな」
 
 動物を犠牲にして、クローネスはなんとか難を逃れていた。森に身を隠し、息を整える。

「さて、これはなんだと思う?」
 
 破壊神の聖別を受けて、獣は形を変えていた。

「化け物かそれとも――」
 
 言い切る前に、クローネスは射殺した。

「化け物ね」
 
 かつて、動物だったものを――

「そうか、貴様も人の王だったな」
 
 クローネスは既に割り切っている。だからもう二度と、動物に名前を付けたりしない。
 どれだけ愛着があろうが、おまえと呼ぶ。

「貴方の狙いはなんなの?」
 
 〝弓〟を構えたまま、クローネスは問いただす。自分は遊ばれている。少なくとも、生かされている……っ! と、怒りを噛み殺しながら彼女は対峙していた。

「我が目的は死ぬことだ」
 
 あっさりと、破壊神は告げた。

「なら、さっさと死んでくれない?」
 
 負けじと、クローネスは返した。

「理由は訊かないのか?」
「興味ないもの。それにシャルルから、少しだけ聞いてる」
 
 どうやらシャルルの同情は無駄ではなく、破壊神の心に楔を打ち込んでいたようだ。

「なんだ、理由を知ってしまうと殺せなくなるからじゃないのか」
「安心して。改心しようとも、貴方は殺すから」
 
 彼は、赦されてはならない存在である。クローネスが知る限りでも、それほどの罪を重ねていた。

「それは同情からか?」
「えぇ、否定しないわ」
 
 立場は違っても、創世神の重さは理解できる。それも生まれながらの神で、理由もなく虐げられていたとなれば尚更だ。
 
 ――彼の村の人間がしたことは、罪過に他ならない。
 
 生まれたばかりの子供に全てを擦り付け、吐き捨てた。
 村に起こった不幸は全て、彼の所為にされた。
 村人に降りかかった災いも、全て彼が悪い。
 
 そう言って、村人は子供を殺さないように苦しめてきた。肉体的な苦痛だけでなく、精神的にもいたぶり尽した。
 
 両親は彼を産んだ罪で殺された。
 それも彼が物心つくまで待ってから、目の前で殺された。
 
 そして、妹も――正確には、誰の子とも知れない捨て子だったのだが、村人は彼に妹と説明し、信じさせていた。
 
 自分が我慢すれば妹は助けてやると彼は言われ、耐え忍んだ。妹が似たような言葉をかけられ、虐げられているとも知らないで。
 その顛末が、彼に人間を辞めさせる決意をさせた。

「貴方の怒りは知っている……〝アレ〟を見てしまったから」
 
 かつての旅で、クローネスたちは破壊神の生まれ育った村にも辿り付いていた。
 そこに、人間は一人もいなかった。
 代わりに、形容しがたい〝壊れた〟生き物がいた。
 
 醜く弱い――それでいて、決して死なない。
 
 まともに動くこともできず、虫や獣に集られるだけの存在。
 表面を食べられ、再生したらまた(かじ)られる――それだけを繰り返す人魔。

「アレを創り上げたことには、微塵の後悔もない。だが、アレをおまえたちに始末させたのは悪かったと思っている」
 
 人と関わってこなかったからか、破壊神の喋り方は拙かった。

「おまえたちは子供だ。特に、創造神なんてそうだ。豊穣神も見た目はともかく、心は子供だったな」
「……貴方、本当は何歳なの?」
「誰も数えてくれなかったから、知らない」
 
 ――壊れている。
 クローネスは背筋が寒くなるのを感じた。
 死神や悪神の成聖者とは別の存在だ。彼等はまだ、人間らしかった。

「このまま生きていれば、我は〈子供〉と争わないといけない。そんなのは嫌だ。だから、死にたい」
 
 けど、これは違う。間違っても、人ではない。
 そうこれは……神だ。
 だから、人神や人間には容赦がない。クローネスたち、創世神には慈愛の心を覗かせる。

「でも、破壊神が駄目だと言う。どうしても死にたいなら――せめて、狩猟神を始末してからだって」
 
 クローネスは森に逃げ込む。これ以上、面と向かってはいられなかった。

「創造神と豊穣神の成聖者は良くいるタイプらしいが、どうもおまえだけは違うらしい」
 
 気にせず揚々と、破壊神は続ける。

「この三柱は基本的に女、子供を選ぶ。争いを望んでいないからな。それなのに、今回の狩猟神はやけに好戦的だ。死神そのものを傷つけるなんて、普通じゃあり得ない」
 
 クローネスは、そのことをあまり憶えていない。
 あの時は、がむしゃらだっただけだ。エディンの邪魔を、最期のお別れを妨げようとした死神が許せなくて――

「一つ訊くけど、貴方も死んだら……そうなるの?」
 
 盲点だった。
 成聖者を殺せば終わりだと、クローネスは思い込んでいた。

「死んだことないからわからないと言いたいとこだが、破壊神との付き合いも長いからな」
 
 可能な限り暴虐を尽くすだろう、と成聖者は予測した。

「だから、おまえは我に殺されろ。そのほうが楽に済む」
「勝手な言い分ね」
「破壊神はおまえの存在を許さない。おまえが生きている限り、邪神に勝ち目はないからな。神のくせして、数十年も待てない性情なんだ」
 
 お喋りはお終いと言わんばかりに破壊神は〝槌〟を構え、

「創造神と豊穣神が来る前に終わらせよう」
 
 先ほどまでとは、打って変わって攻勢に出た。
 振るわれる破壊の打擲を、クローネスは必死で避ける。獣、鳥、蛇と様々な動物を乗り継ぎながら、嵐が過ぎ去るのを待つ。
 
 決して空へは昇らず、木々を渡る。
 破壊の対象が多ければ多いほど、疲労は溜まると信じて。
 
 それにここは豊穣神の聖域。クローネスは思いつきで、木々を〝矢〟にして応戦に出る。
 効果はいま一つのようだが、無駄ではないはずだと、番えては放つ。

「ふーっ……」
 
 状況は最悪だというのに、クローネスは笑っていた。

「何がおかしい?」
 
 目敏く、破壊神が咎める。

「べつに。ただ、ジェイルはいつもこんな気持ちだったんだって思っただけよ」
「ジェイル……? 人神か」
 
 興味がないと言わんばかりに、破壊神は〝槌〟を振り下ろした。

「ジェイル。お願いだから力を貸して――」
 
 仲間と争っておいて、彼に頼むのはズルいかもしれないが、クローネスは懐かしい歌を口ずさんだ。

「――慈悲深き神の恩寵(アメイジング・グレイス)
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登場人物紹介

戦神の成聖者、リルトリア(16歳)。ミセク帝国の皇子だが、継承権は下位。


聖寵:戦場の声を聴く(身の危険を察する)

聖別:対象は武具。使用者に重さを感じさせなくする

聖奠:王権。兵たちを意識レベルから支配し、操る


創世神の1柱でもある狩猟神の成聖者、クローネス(17歳)。ファルスウッド王国の王女。


聖寵:動物の声を聴く

聖別:対象は動物。文字通り、使役する

聖奠:投擲。あらゆるモノを〝矢〟として放つ狩猟神の〝弓〟を召喚

鍛冶神の成聖者、レイド(26歳)。身分違いの恋から逃げるよう放浪中。


聖寵:鉄の声を聴く(金属強度・疲労を理解)

聖別:対象は鉄。形を自在に変える

聖奠:鍛冶場の形成。金属を切り裂く武器を生み出す

この世界の最高神でもある創造神の成聖者、シャルル(11歳)。仲間たちと破壊神の行方を追っている。


聖寵:大地の声を聴く

聖別:対象は大地。文字通り、自在に操る

聖奠:天地創造。あらゆるモノを凌駕する創造神の゛手〟を召喚

創世神1柱でもある豊穣神の成聖者、シア(22歳)。同じく、破壊神の行方を追っている。


聖寵:植物の声を聴く

聖別:対象は植物。文字通り、使役する

聖奠:水源。水を生み出す、豊穣神の〝甕〟を召喚


航海神の成聖者、ペルイ(30歳)。破壊神の行方を追う、2人の保護者。


聖寵:潮読み。波風の声を聴く

聖別:対象は船。波風を軽減する

聖奠:嵐を呼ぶ(制御はできない)

医神の成聖者、エディン(28歳)。新大陸を目指して、海上を旅している。


聖寵:往診。身体の状態を聴く

聖別:対象は医療器具。消毒、清潔に保つ

聖奠:治癒

慈愛神の成聖者、テスティア(18歳)。その力を失い、現在はただの人として働いている。


聖寵:愛の程度を聴く(他者がどれだけ神に愛されているか――その力の多寡、気配を察する)

聖別:対象は神に愛された人。神の力――聖寵、聖別、聖奠を増幅させる

聖奠:結界。愛情の深さに応じた防御壁の形成

正義神の成聖者、ジェイル(16歳)。先の戦いで謎の死を遂げている


聖寵:神託。神の声を聴く

聖別:対象は人と物。穢れを払い、加護を与える

聖奠:神の裁き。自らの行い、立場が善であればあるほど力を増す

この世界の最高神でもある、破壊神の成聖者。名前も年齢も不明。先の戦いで唯一生き延びた邪神の1柱。


聖寵:壊れる声を聴く

聖別:対象はあらゆるモノ。異形の魔物へと変える。もしくは灰燼と帰す

聖奠:あらゆるモノを打ち砕く破壊神の〝鎚〟を召喚

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