第33話 それぞれの選択

文字数 2,513文字

 たまに、こういう日がある。
 
 ――理由もなく、刃を研ぎたくなる。
 
 衝動に駆られたまま、エディンは黙々と磨石を滑らせ――黒光りする刀身に、自分の姿を映し出す。
 
 ここキリシト諸島にも、大陸の噂は流れていた。
 
 何やら大きな出来事が多発していたようだが、聞く限り仲間たちは無事の様子。
 王を失った帝国は皇帝不在のまま、英雄の指導の下、再建に向かっている。
 同じく、ファルスウッドも王女を失ったようだが、代わりに病床に伏していた王が復帰したとか。
 
 それなのに何故、無性に刃を研ぎ澄ましたくなるのだろうか。エディンは疑問に思いながらも、手は休まることなく動いていた。
 
「天使の(パン)は人々の糧となり
 天上のパンは形あるものとなった
 何と驚くべきことだ!
 憐れな者、(しもべ)
 卑しき者たちに
 天は自らを糧として与えられた」

 同時に聖別を施す。

「――天使の糧(パニス。アンジェリカス)

 これで清潔な刃ができあがり。人体の何処を斬り落とそうとも、そこから『毒』が回る心配はいらない。

 そんな物騒な昼下がりの午後、来客があった。
 
 誰か怪我人でも来たのかと応対すると、
「――ロネ!」
 訪れたのはクローネスだった。

「エディン、久しぶり」
「ロネ……ちょっと、来なさい!」
 久闊(きゅうかつ)を詫びる間もなく、エディンは扉を閉めるとクローネスを中に引きいれた。

「えっ、ちょっとエディン?」
 
 クローネスは扉を指差すも、エディンは見向きもしない。

「やっぱ聖寵は聴こえないか……ちょっと失礼」
 
 自然な動きでクローネスの服を捲ると、エディンは色々な道具で触り始めた。

「まったく、こんなにお腹を大きくして船に乗るなんて何を考えているの……」
「……ごめんなさい」
 
 クローネスは素直に詫びた。
 すると、また来客のノック――

「シャルル、シア!」
「よっ、エディン」
「久しぶりィ~」
 
 意図的に視線を下にやって、エディンは二人を招き入れると扉を閉めた。

「待てこらぁ! 無視してんじゃねぇ!」
 
 が、レイドと違ってペルイは黙って突っ立っていなかった。
 慣れた仕草で扉を開け放ち、文句を口にする。

「……ふむ、ペルイに手は出されてないようね」
「てめーは聖寵で何を聴いてやがる?」
 
 ペルイは怒鳴るも、エディンはどこ吹く風で女性客三人をもてなす準備に入っていた。

「おぃ、俺たちのぶんは?」
「報せもなく、急に女性の家に来る礼儀知らずに出すお茶はないわ」
「てめぇ……。ここが誰の家かわかってて言ってんのか?」
「少なくとも、家主は行方不明だと私は聞いているけど?」
 
 ここは英雄の家として誰も手を付けず、手入れだけが施された状態で放置されていた。
 そう、ペルイにとって懐かしき我が家である。

「それに、私をここに連れて来た方々が是非とも使ってくれって言ってくれたんだけど?」
「あぁ、そうだ――」 
 
 流れをぶったぎって、ペルイは担いでいた袋から色々な食糧を広げだした。

「なんでも、才媛たるお医者様がお礼を受け取ってくれないって、島の人々が嘆いてたぜ」
 
 お返しと言わんばかりに、ペルイは口元を緩ませる。年齢が近いだけあって、エディンに対しては過度な気遣いは無用だった。

「その話は不毛よ」
「つーか、結婚くらいはしてもいいんじゃねぇのか?」
 
 謝絶したエディンに構わず、ペルイは口にした。

「おまえさん一人で、背負いきれるもんでもないだろ」
「他の誰かに背負わせるつもりはないわ」

 意思の固さは相変わらずのようだ。
 さすが人神でありながらも、死神に挑んだだけのことはある。
 もっとも、本人に言わせたら弟の相手をしただけであって、神を手にかけたつもりは微塵もないとのこと。

「だったら、支えて貰えよ」

 それでも、ペルイは繰り返す。
 弟の贖罪――十万人以上を救うという彼女の決意に水を差すつもりはないが、黙って見ていることはできなかった。

「あら、なに? もしかして、求婚のつもり?」

 そんなペルイの人柄を知っているだろうに、エディンは冗談に流した。

「――ばっ! んなわけあるかぁっ!」

 しかも、些か面倒な類の――

「そうですよぉ、エディン! ペルイさんはわたしと結婚するんですから」
「おー、モテモテじゃんペルイ」

 案の定、本気にしたシアが訴え、シャルルが悪ノリする。

「なんだったら、クロノスの王様になる?」
 
 そして、かつて旅をしていた時と同じように、クローネスが的外れな見解を述べた。

「王様になれば、一夫多妻制だから」
「それいいっ! ペルイさん、王様になりましょうよぉ」
 
 シアだけが乗るも、他の者たちは返す言葉もなく沈黙し――

「ったくよぉ。おまえさんときたら」
 ペルイが堪えきれずに笑い出す。

「まったく……。玉座に付いていたのに、何も変わってないんだから」
 エディンも困ったように相好を崩した。

「私、何か変なこと言った?」
 ズレた発言をした覚えのないクローネスは首を傾げるも、

「いや……まぁ、な」
 
 返答を求められたレイドは煮え切れない答えを返すしかなかった。

「そうだ、レイド――」
 
 何かを思い出したかのように、エディンが短剣を抜いて名指しする。

「私の本能か何かが、あんたのを切り落とせって命令している気がするんだけどさ……心当たりない?」
「……それは、その……勘違いじゃないか?」

 クローネスを置いて逃げたことを言ったら、絶対にそうなるとレイドは言い逃れをする。
 
「まぁ、あとでロネに色々と聞くからいいけど」
「そういえば、リルトリアがそういうことをしていたような」
 
 危険を察したレイドは、あっさりとリルトリアを売った。

「そう言えば、リルトは結局どうなったの?」
 
 それが功を成してか、エディンの気は反れた。
 そして、残された仲間たちのことを彼等は語り始める。
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登場人物紹介

戦神の成聖者、リルトリア(16歳)。ミセク帝国の皇子だが、継承権は下位。


聖寵:戦場の声を聴く(身の危険を察する)

聖別:対象は武具。使用者に重さを感じさせなくする

聖奠:王権。兵たちを意識レベルから支配し、操る


創世神の1柱でもある狩猟神の成聖者、クローネス(17歳)。ファルスウッド王国の王女。


聖寵:動物の声を聴く

聖別:対象は動物。文字通り、使役する

聖奠:投擲。あらゆるモノを〝矢〟として放つ狩猟神の〝弓〟を召喚

鍛冶神の成聖者、レイド(26歳)。身分違いの恋から逃げるよう放浪中。


聖寵:鉄の声を聴く(金属強度・疲労を理解)

聖別:対象は鉄。形を自在に変える

聖奠:鍛冶場の形成。金属を切り裂く武器を生み出す

この世界の最高神でもある創造神の成聖者、シャルル(11歳)。仲間たちと破壊神の行方を追っている。


聖寵:大地の声を聴く

聖別:対象は大地。文字通り、自在に操る

聖奠:天地創造。あらゆるモノを凌駕する創造神の゛手〟を召喚

創世神1柱でもある豊穣神の成聖者、シア(22歳)。同じく、破壊神の行方を追っている。


聖寵:植物の声を聴く

聖別:対象は植物。文字通り、使役する

聖奠:水源。水を生み出す、豊穣神の〝甕〟を召喚


航海神の成聖者、ペルイ(30歳)。破壊神の行方を追う、2人の保護者。


聖寵:潮読み。波風の声を聴く

聖別:対象は船。波風を軽減する

聖奠:嵐を呼ぶ(制御はできない)

医神の成聖者、エディン(28歳)。新大陸を目指して、海上を旅している。


聖寵:往診。身体の状態を聴く

聖別:対象は医療器具。消毒、清潔に保つ

聖奠:治癒

慈愛神の成聖者、テスティア(18歳)。その力を失い、現在はただの人として働いている。


聖寵:愛の程度を聴く(他者がどれだけ神に愛されているか――その力の多寡、気配を察する)

聖別:対象は神に愛された人。神の力――聖寵、聖別、聖奠を増幅させる

聖奠:結界。愛情の深さに応じた防御壁の形成

正義神の成聖者、ジェイル(16歳)。先の戦いで謎の死を遂げている


聖寵:神託。神の声を聴く

聖別:対象は人と物。穢れを払い、加護を与える

聖奠:神の裁き。自らの行い、立場が善であればあるほど力を増す

この世界の最高神でもある、破壊神の成聖者。名前も年齢も不明。先の戦いで唯一生き延びた邪神の1柱。


聖寵:壊れる声を聴く

聖別:対象はあらゆるモノ。異形の魔物へと変える。もしくは灰燼と帰す

聖奠:あらゆるモノを打ち砕く破壊神の〝鎚〟を召喚

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