第34話 紐解かれた謎、託された世界

文字数 2,899文字

 エマリモ平野の戦いで、帝国は五万以上の兵を失ってしまった。これは魔物に変えられていた皇帝の陣営を含んだ数字である。
 一度全滅の憂き目に遭っていながらも、これほど犠牲を抑えられたのは、名も無き英雄たちのおかげであろう。
 
 しかし、帝国の象徴である皇族の大半は戦死を遂げていた。
 
 生き残ったのは第一、第二、第八皇子とリルトリアの四人だけ。また、上二人はかろうじて命を取り留めた状況に過ぎず、とても公の場に立てる状態ではなかった。
 
 まさしく、帝国の権威は地に落ちたといえよう。
 
 最早、複数の国家を支配下におくことは不可能。権力も兵力も足りない。一度でも反乱が起これば、帝国は崩壊の道を辿る――そう、誰もが思っていた。
 
 ――そこに英雄が立った。
 
 リルトリアは信じられないことに、ファルスウッドの後ろ盾を得ることに成功させた。
 これにより、帝国は再建に踏み出す。
 
 今までとはまったく違うやり方で、帝国は生まれ変わろうとしていた。
 
 可能な限り力は使わず、必要とあればリルトリア本人が何処へなりとも足を運ぶ。
 曰く、彼は皇帝ではないから問題にならない。
 上二人の皇子が復帰するまでは玉座に就くことはないと彼は宣言し、公務に励む毎日を送っている。
 
 英雄効果はすさまじく、分裂することなく帝国は帝国で在り続けた。
 
 そんなある日、リルトリアの元にクロノスからの使いがあった。
 急な使者に訝りながらも、彼はクロノスの門をくぐる。

「急にお呼び立てして済まない」
「いえ、お久しぶりですネリオカネルさん」
 
 宰相自らの案内を受け、リルトリアは困惑しながらも自然豊かな道を進む。

「実は、来客がありまして……」
 
 言葉尻はかすれているものの、どこか温かい表情でネリオカネルは告げた。

「クローネス様ともご縁があった方でして、是非ともリルトリア様にお会いしたいと申し上げるものでしたから」
「それは是非、わたくしもお会いしたいです」
 
 かつての旅で知り合った人々は多い。いつかまた会う約束はしたものの、結局ほとんどが会わずじまいになっていた。

「それでは私はこれで」
 
 クローネスが消息を絶って以来、彼は変わったようだった。去っていく宰相の背中を眺めながら、リルトリアはふと、そんなことを思った。

「失礼いたしま――」
 
 許しを得て部屋に入ると――そこには懐かしい姿があった。

「うんっ! その表情が見たかった」
 
 豪快に笑う少女は、
「テスティアっ!」
 慈愛神の成聖者。
 紛うことなく、かつての仲間の一人だった。

「ネリオカネルさんを恨まないで。私が無理言って頼んだだけなんだから」
「……わざわざ、そんな手の込んだ真似をしなくとも」
 
 呆れながらも、リルトリアは対面の椅子に腰を下ろした。

「まぁ、嫌がらせ? ってか仕返し? ジェイルの気持ちを無視して争うからよ」
「それでしたら、仕方ないですね」
 
 リルトリアは笑って受け入れた。

「レイドから聞かされました。ジェイルが何故、死んだのかを」
「そう、あいつは気付いてくれたんだ」
「ジェイルはわたくしたちと一緒にいたかったんですね。ずっと、旅を続けていたかったんですね」
 
 そう、願うことは罪ではない。
 だが、ジェイルはそれだけじゃ済まさなかった。

「うん、あのバカはあんたらの想像通り――悪神の成聖者を見逃そうとした」

 旅を続けるには目的が必要だったから、脅威となる敵がいなくてはならかったから。
 
 ――自分の為だけに、ジェイルはこれまでの全てをふいにしようとしてしまった。
 
 それは、決して赦されない裏切りだった。
 罪人に情けをかけるのとは訳が違う。
 改心した悪人を助けるのとは、比べものにならない。
 
 ジェイルは、決して天秤に乗せてはならないモノを乗せてしまったのだ。

「世界が平和になったあとだって、きっとまた会えたはずだったのに……。あのバカは、それを信じられなかった。別れを許容できなかった」
 
 世界中の人々の願いよりも、天上の正義よりも――彼は、仲間との旅を選んだ。
 そして、自分が信じていた正義神に裁かれてしまった。
 
 なんという、皮肉だろうか。
  
 テスティアはずっと思わずにいられなかった。
 シャルルとシアが破壊神を取り逃したと知った時――あと少しで、あの二人に酷い言葉を浴びせそうになった。
 
 ――だって、バカみたいにジェイルは自滅したことになる。

 けど、そう思った瞬間にある意味、吹っ切れてしまった。
 そもそも、ジェイルはバカだったと。
 
 バカだから、仲間たちがそれぞれの役目を成し遂げると信じて疑いもしなかった。
 そのくせ、その後のことは何一つ考えることもできず、信じることができなかった。

「最終的に悪神の成聖者を倒したのは……貴方だったのですね、テスティア」
 
 ジェイルは自身の聖奠で自滅した。

「どうなんだろ。向こうも勝手に自滅したようなものだったから」
 
 悪神の成聖者は、正義神の光に裁かれたジェイルに手を伸ばしていた。
 少なくとも、テスティアの目にはそう映ったという。

「ねぇ、リルト。私たちは置いていかれたのかな? それとも、託されたのかな?」
 
 心に隙間風が入り込んだような錯覚を覚えるも、リルトリアは静かに首を振った。

「わたくしは託されたと思っています」
「そっか……あんたは強いね」
「いいえ、違いますよテスティア。わたくしは諦めていないだけです。またいつか、皆で会える日を」
「そう……」
「そんな場所を、わたくしは作ろうと思っています。エディンもペルイもシアもシャルルもレイドもクローネスも足を運んでみたくなるような、そんな国を絶対に作ってみます」
 
 ――だからとリルトリアは繋ぎ、

「協力してくれませんか、テスティア」

 真剣な面持ちで手を差し出した。

「……悪いけど、今の私は聖奠を失ったただの人よ」
「構いません。もし、わたくしが間違えそうになった時に止めて頂ければ充分です」
「それはぶん殴っていいの?」
「えぇ、そうでないとわたくしはわからないようですから」
 
 リルトリアは顔に手をやる。シアに殴られた頬は、思っていたよりもずっとずっと痛かった。

「わかった。私も……また、みんなに会いたいもの」
 
 テスティアは慈愛溢れる笑顔で涙した。
 意地を張ってみんなに会わなかったことを後悔して――

「そこにジェイルがいなくとも……私もまた、みんなに会いたいっ」
 
 そうやって、少女は――やっと、大好きだった人に別れを告げられた。
 テスティアは温かい思い出に浸かるのを止めて、自分の足で世界を踏みしめる。
 そして、取り溢してしまったものを取り戻す為に立ち上がった。
 いつかまた、絶対に出会えると信じて――
                                    
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

戦神の成聖者、リルトリア(16歳)。ミセク帝国の皇子だが、継承権は下位。


聖寵:戦場の声を聴く(身の危険を察する)

聖別:対象は武具。使用者に重さを感じさせなくする

聖奠:王権。兵たちを意識レベルから支配し、操る


創世神の1柱でもある狩猟神の成聖者、クローネス(17歳)。ファルスウッド王国の王女。


聖寵:動物の声を聴く

聖別:対象は動物。文字通り、使役する

聖奠:投擲。あらゆるモノを〝矢〟として放つ狩猟神の〝弓〟を召喚

鍛冶神の成聖者、レイド(26歳)。身分違いの恋から逃げるよう放浪中。


聖寵:鉄の声を聴く(金属強度・疲労を理解)

聖別:対象は鉄。形を自在に変える

聖奠:鍛冶場の形成。金属を切り裂く武器を生み出す

この世界の最高神でもある創造神の成聖者、シャルル(11歳)。仲間たちと破壊神の行方を追っている。


聖寵:大地の声を聴く

聖別:対象は大地。文字通り、自在に操る

聖奠:天地創造。あらゆるモノを凌駕する創造神の゛手〟を召喚

創世神1柱でもある豊穣神の成聖者、シア(22歳)。同じく、破壊神の行方を追っている。


聖寵:植物の声を聴く

聖別:対象は植物。文字通り、使役する

聖奠:水源。水を生み出す、豊穣神の〝甕〟を召喚


航海神の成聖者、ペルイ(30歳)。破壊神の行方を追う、2人の保護者。


聖寵:潮読み。波風の声を聴く

聖別:対象は船。波風を軽減する

聖奠:嵐を呼ぶ(制御はできない)

医神の成聖者、エディン(28歳)。新大陸を目指して、海上を旅している。


聖寵:往診。身体の状態を聴く

聖別:対象は医療器具。消毒、清潔に保つ

聖奠:治癒

慈愛神の成聖者、テスティア(18歳)。その力を失い、現在はただの人として働いている。


聖寵:愛の程度を聴く(他者がどれだけ神に愛されているか――その力の多寡、気配を察する)

聖別:対象は神に愛された人。神の力――聖寵、聖別、聖奠を増幅させる

聖奠:結界。愛情の深さに応じた防御壁の形成

正義神の成聖者、ジェイル(16歳)。先の戦いで謎の死を遂げている


聖寵:神託。神の声を聴く

聖別:対象は人と物。穢れを払い、加護を与える

聖奠:神の裁き。自らの行い、立場が善であればあるほど力を増す

この世界の最高神でもある、破壊神の成聖者。名前も年齢も不明。先の戦いで唯一生き延びた邪神の1柱。


聖寵:壊れる声を聴く

聖別:対象はあらゆるモノ。異形の魔物へと変える。もしくは灰燼と帰す

聖奠:あらゆるモノを打ち砕く破壊神の〝鎚〟を召喚

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み