第28話 たった一つの冴えたやり方

文字数 3,373文字

 辺り一帯の森を犠牲にしながら、クローネスは破壊神の猛攻を耐え忍んでいた。

「いいのか? 森がなくなるぞ?」
「それで貴方が滅びるのなら」
 
 精神攻撃も華麗にかわし、獣と共に木々を渡っていく。森だけでなく、時には動物たちすら生贄にして、クローネスは破壊神の聖奠をやり過ごす。

「〈子〉に犠牲を強いるか」
「この〈子〉たちもそれを望んでいるわ。貴方には聴こえないでしょうけど」
 
 舌戦なら、対人関係が希薄だった破壊神などクローネスの敵にならなかった。どれだけ暴力的な口撃も、予想の範囲内であれば幾らでも対処できる。
 
 それに嘘は言っていない。

 事実、動物たちは納得している。破壊神を倒す為なら、どんな犠牲も厭わないと。
 彼等にとっては〈親〉が死ぬほうが耐え難い苦しみなのだ。

「ちっ……存外、てこずらせてくれるっ!」
 
 所詮は人間の器でしかない彼に、豊穣神が作った森を壊し尽せる道理はなかった。
 だが、肩で息をしているのはクローネスも同じである。
 絶え間なく動物に揺られるのは、体力の消耗が激しかった。それに動物たちを切り捨てる度に、心に引っ掻き傷のような疼きが奔る。

「いい加減、死んでくれない?」
 
 クローネスは定期的に〝矢〟を叩きつける。

「それはこちらの台詞だ」
 
 寸分違わず、破壊神は〝槌〟で受け止める。

「いい加減、姿を見せろ!」
 
 破壊神の握る柄が伸び、柄頭が爆発的に膨らむ。また、多くの木々が壊され、動物たちが死ぬ。
 彼の振るう〝槌〟は容易に木々を打ち壊した。
 まるで、なんの手応えも感じていないようだ。
 
 ――当たれば壊れる。
 
 それが破壊神にとって揺るぎない事実なのだろう。渾身の勢いなど一つもなく、大きさを無視すれば、速度は通常の鈍器となんら変わりない。
 加え、破壊神の攻撃は単調に過ぎるので、決して避けられないものではなかった。
 
 普通の人間としてでも、クローネスは戦いに手馴れている。

 相手の構え、目の動き、足の踏み込み、武器の握り、腕の伸び――と、様々な事柄から次の動作を予測できる。加え、動物の機動力に野生の勘。
 
 結果、破壊神は一向にクローネスの居場所が掴めず、無差別に森を破壊していく。たまたま彼の勘が当たった際は空、土、木とあらゆる角度から動物をけしかけ、クローネスは事なきを得る。
 
 ただ、クローネスのほうも決め手がなくて焦っていた。
 
 聖奠が通用しない。正確には、不意打ちが成功しないとわかっているものだから、思い描いていた行動に移せないのだ。
 
 とりあえず、逃げながら腹案を練り上げたものの、今度は武器がない。聖奠に絶対の信頼を寄せていたのは、クローネスも同じであった。
 
 ――何処かに武器は落ちていないか。
 
 そんな都合のいいことを考えていると、
「――ロネっ!」
 想像もしていなかった僥倖がやってきた。

「レイドっ! 乗ってっ!」
 
 傍に四足獣を使わす。破壊神も見咎めてか〝槌〟を振りかぶる。

「――避けて!」
 
 クローネスは動物に命令し、聖奠で注意を逸らす。破壊神だけでなく、周囲の大地に狙いを付けて目測を誤らせる。

「レイドっ!」
 
 獣の上に立ち上がり、クローネスは豪快に飛び移った。四足獣にしがみ付いていたレイドは対応できず、背中で受け止める羽目になる。

「レイド……レイドっ」
「……待たせて悪かった」 
「……うんっ。いいの、来てくれたから……それでいいの」
 
 思いっきりレイドの背中で甘えると、クローネスは切り替えた。
 ――レイドを護らなければ!

「レイド、弓と矢が欲しい。あと、剣も」
「――神は我が砦(アイン・フェステ・ブルグ)
 
 甲冑を分解し、それぞれ弓と矢と剣に形を変える。ついでに矢筒と剣を吊るすベルトも見繕う。

「バネ式だから連射はできんぞ。装填にも時間がかかる」
「わかった。それと聖奠、お願いできる?」
「盾も武器もなく 友もいない
 小さい私をも 守ってください
 ひとつの願いが 胸に燃える
 終わりの時まで 主に従おう
 胸と唇に 炎が燃え
 敵のため祈り、眠りにつく――」

「十字架の血に 救いあれば
 来たれとの声を われはきけり
 主よ、われはいまぞゆく
 十字架の血にて 清めたまえ
 よわきわれも み力を得
 この身の汚れを みな拭わん――」
 
 二人の詠唱が木々を渡り、森全体へと鳴り響いていく。

「――盾も武器もなく(フルオブパワー・アンド・グレイス)
 
 レイドの手から生まれた武器を、炎もろとも〝矢〟として番え、

「――十字架の血に(ウエルカム・ヴォイス)
 
 クローネスは発射させた。
 
 炎の〝矢〟は破壊神の手前の大地で爆ぜ、余波をまき散らす。
 そうして、生まれた赤黒い帳。クローネスは敵の背後に回り、もう一つの――鍛冶神にもたらされた矢を投じた。
 
 果たして――効果はあった。
 
 破壊神のくぐもった声が漏れ出し、彼は身を護るかのように〝槌〟を振り回す。
 彼もシャルルと同じで、基本的な戦闘技術を持っていなかった。
 聖奠以外は自身の目で確認するしか術がなく、不意打ちに対処する勘や経験に欠けている。

「眠れ、主にありて 憩え、主のみ手に
 さまたぐる者は いずこにもあらじ
 われらいざ歌わん、死のとげいずこと
 眠れ、主にありて 憩え、主のみ手に
 主は覚ましたもう、とこしえの朝に――」
 
 さすれば、降臨を使うしかなくなる。

「――眠れ、主にありて(アスリープ・イン・ジーザス! ブレシッド・スリープ)
 
 嘘のように、森が静まり返る。炎どころか煙すら消滅し、〝破壊神〟が君臨した。
 クローネスの瞳には、彼がダブって見える。人間の身体より、二回りは大きいナニカが憑いている。

「レイド、私は絶対に大丈夫だから。信じて見守っていてくれる?」
 
 こうなってしまっては、あらゆる攻撃が通用しない。
 創造神を除き、この状態を強制的に解除する方法はなかった。

「ロネ?」
「絶対に大丈夫だから」
 
 繰り返して、クローネスは小さく口づけた。

「――ね?」
 
 嫣然(えんぜん)として微笑み、呆然としているレイドに背を向ける。

「どういうつもりだ?」
 
 そして、無防備にも破壊神の前へと姿を晒した。

「レイドは助けてくれないかしら?」
「あの人神が来ただけで、随分と諦めが早いものだ」
「貴方をシャルルと同じと考えたら、どうしようもないもの。私一人ならともかく、レイドまでは護りきる自信はない」
 
 今の破壊神に、動物たちは近づくことすらできやしない。こちらの機動力は落ち、相手は増した。
 彼は〝槌〟を防御に使う必要がなくなった分だけ、加速する。破壊の余波すら意に介さず、狩猟神の聖奠をものともしないで突っ込んでくる。
 だとすれば、先ほどのようにいくはずがない。

「弱いな、人間は。平然と〈子〉に犠牲を強いてきた貴様が、たかが人神の器如きに自らを差し出すとは……実に嘆かわしい」
 
 悲しげに破壊神は呟いた。彼にとって、創世神は特別なのだろう。
 意図せぬことだったとはいえ、共に生まれた創造神。その創造神と一緒に産み落とした狩猟神と豊穣神。
 
 魔物はあくまで、破壊神の眷属であって〈子〉にはなり得ない。
 
 何故なら、無からは生み出すことができないから。
 他の神々が作りあげたモノを〝壊す〟ことでしか、彼は世界に存在を示す術を持たなかった。

「せめてもの慈悲〈親心〉だ。一撃で楽にしてやろう」
「貴方にもそんな感情があったのね」
 
 ここまで付き合ってきた軽口に、破壊神は小さく笑みを零した。

「――アスリープ・イン・ジーザス!」
 
 宣言通り済ますつもりなのか、〝槌〟がクローネスの体よりも巨大化する。
 クローネスは必死で冷静さを取り繕うとするも、上手くいかなった。
 どうしても、恐怖が抑えきれない。
 
 これで全てが決まる。
 
 一歩間違えれば、茶番にすらならない。
 
 いざ、審判の時――
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登場人物紹介

戦神の成聖者、リルトリア(16歳)。ミセク帝国の皇子だが、継承権は下位。


聖寵:戦場の声を聴く(身の危険を察する)

聖別:対象は武具。使用者に重さを感じさせなくする

聖奠:王権。兵たちを意識レベルから支配し、操る


創世神の1柱でもある狩猟神の成聖者、クローネス(17歳)。ファルスウッド王国の王女。


聖寵:動物の声を聴く

聖別:対象は動物。文字通り、使役する

聖奠:投擲。あらゆるモノを〝矢〟として放つ狩猟神の〝弓〟を召喚

鍛冶神の成聖者、レイド(26歳)。身分違いの恋から逃げるよう放浪中。


聖寵:鉄の声を聴く(金属強度・疲労を理解)

聖別:対象は鉄。形を自在に変える

聖奠:鍛冶場の形成。金属を切り裂く武器を生み出す

この世界の最高神でもある創造神の成聖者、シャルル(11歳)。仲間たちと破壊神の行方を追っている。


聖寵:大地の声を聴く

聖別:対象は大地。文字通り、自在に操る

聖奠:天地創造。あらゆるモノを凌駕する創造神の゛手〟を召喚

創世神1柱でもある豊穣神の成聖者、シア(22歳)。同じく、破壊神の行方を追っている。


聖寵:植物の声を聴く

聖別:対象は植物。文字通り、使役する

聖奠:水源。水を生み出す、豊穣神の〝甕〟を召喚


航海神の成聖者、ペルイ(30歳)。破壊神の行方を追う、2人の保護者。


聖寵:潮読み。波風の声を聴く

聖別:対象は船。波風を軽減する

聖奠:嵐を呼ぶ(制御はできない)

医神の成聖者、エディン(28歳)。新大陸を目指して、海上を旅している。


聖寵:往診。身体の状態を聴く

聖別:対象は医療器具。消毒、清潔に保つ

聖奠:治癒

慈愛神の成聖者、テスティア(18歳)。その力を失い、現在はただの人として働いている。


聖寵:愛の程度を聴く(他者がどれだけ神に愛されているか――その力の多寡、気配を察する)

聖別:対象は神に愛された人。神の力――聖寵、聖別、聖奠を増幅させる

聖奠:結界。愛情の深さに応じた防御壁の形成

正義神の成聖者、ジェイル(16歳)。先の戦いで謎の死を遂げている


聖寵:神託。神の声を聴く

聖別:対象は人と物。穢れを払い、加護を与える

聖奠:神の裁き。自らの行い、立場が善であればあるほど力を増す

この世界の最高神でもある、破壊神の成聖者。名前も年齢も不明。先の戦いで唯一生き延びた邪神の1柱。


聖寵:壊れる声を聴く

聖別:対象はあらゆるモノ。異形の魔物へと変える。もしくは灰燼と帰す

聖奠:あらゆるモノを打ち砕く破壊神の〝鎚〟を召喚

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