第21話 人に救われし神

文字数 2,924文字

 その時、森を進行する三人の間には大きな空隙があった。
 シアは後ろを顧みず突き進み、ペルイは思案に更けながら歩いていたから、シャルルが足を止めたのに気付かなかった。

「……いま、のは?」
 
 声が聴こえた。大地の悲鳴だ。それも、クローネスが聖奠を行使した時の比ではない。
 駄目だとわかっていながらも、シャルルは聖別に手を出してしまう。

「――地よ、声高く(ランカシャー)
 
 ――大地よ、応えて。
 意に従い、大地はシャルルの求めていた回答をくれた。

「……破壊神」
 
 耳ざとくペルイが足を止めるも、

「おぃ、シャルル――!?」
 
 駆け寄ることはかなわなかった。突如、風を切る音。ペルイは咄嗟に身体を捩じり、飛来した矢をかわす。

「誰だ!」
 
 完全に油断していた。シアがいるからと、警戒を怠った。思考に没頭してしまった。気付けば、囲まれている。

「ペルイさん!」
 
 さすがのシアも踵を返すも、
「……誰だ?」
 見慣れぬ人々が遮った。

「……〝森の民〟」
 
 ペルイの疑問を晴らすように、シアが答える。

「おぉ、豊穣神様――お迎えにあがりました」
 
 弓を番えた者以外が、シアに向かって一斉に跪拝(きはい)し始めた。
 その光景に、シャルルは動けなくなる。思い出したくない過去を見せつけられ、心が悲鳴を上げたのだ。

「弓をどけて! さもないと……」
「――シアぁ!」
 
 大丈夫だと、ペルイは頷きで伝える。

「おまえは手出すな。シャルルも目瞑ってろ」
 
 ぐるりと見渡し、ペルイは吐き捨てるように笑う。

「俺やこんな奴らの為に、おまえらが傷つく必要なんてねぇ」
 
 嘲笑の色を感じ取ってか、〝森の民〟たちは弓を引き、離した。

「当たるかよ」
 
 警告すらないとは、噂に違わぬ野蛮さだとペルイは相手を見下す。

「人の言葉がわかるんだろ? だったら、話し合いで解決しねぇか?」
 
 集中していれば、弓矢など恐れるに値しない。風が軌道を教えてくれるので、ペルイは易々とかわしてみせた。

「去れ! 野蛮な人間と交わす言葉などもたぬ」
「そうだ! 人の分際で神を謳うなど、愚かにもほどがあるぞ!」
「身のほどを知れ!」
 
 聞く耳に持たず。彼等は次々にペルイを罵倒する言葉を連ねていくも、

「だぁー、うっせぇなぁ!」
 
 荒波で揉まれた、漁師ならではの一声が雑音を掻き消す。

「てめーら、一つ訊かせろや!」
 
 ペルイは保護者の仮面を脱ぎ捨て、素を曝け出した。

「シアを連れ帰ってどうすっ気だ、あぁ? てめーらはこいつを捨てたんだろ? どの面下げて迎えに来たってんだ?」
 
 本来の彼は、一般的な漁師の例に漏れない輩であった。

「無礼な! 我々は捨てたのではない。精霊の身元にお返したのだ」
「おぃ、こら、もっぺん言ってみろ。殺すぞ? つーか、最初の質問に答えろや」
 
 通常なら接する機会がないタイプの人間に、〝森の民〟たちは萎縮していた。

「……豊穣神様には、子を産んで頂く」
「いやぁっ!」
 
 生理的嫌悪感丸出しの声が響くも、
「相手は厳選に厳選を重ねておりますのでご安心を」
 〝森の民〟はまったく意味をわかっていなかった。

「子を産ませるだぁ? しかも、相手は用意しているだと……? ふざけんじゃねぇ!」
 
 彼等はあっさりと、ペルイの琴線に触れてしまう。

「てめーらは、子供をなんだと思ってやがる? 結婚をなんだと思ってやがる?」
 
 知らず知らず、手が背中の銛へとかかる。

「貴様こそ、ここを何処だと思っている! 神聖なる豊穣神様と狩猟神様の領域だぞ!」

「――そういう貴様こそ、我を誰だと思っておる」

 ペルイが言い返す前に、荘厳なる響きが割り込んできた。

「それとも、我を創造神と知っての狼藉であるか?」
 
 一歩一歩、少女は音を鳴らして進み出る。

「だとすれば、実に愉快ではないか」
 
 流麗だった。
 歩き方から言葉の発し方に至るまで神懸っており、誰一人として口を挟む隙を見出せない。

「一から教えてやらねばなるまいな。この世界が、誰のモノであるか」
 
 幾星霜を生き抜いた老婆のように、シャルルは老獪な笑みを浮かべる。

「折角だ。この森で破壊神と共に興じるのも良かろう」
 
 その発言に、
「リルトっ!」
 シアを始めとした、豊穣神の聖別を扱える者たちが一斉に逼迫しだした。

「……馬鹿な!」
「何故、破壊神が……」
「早い、早すぎる!」
「――黙れ」
 
 静かな一喝だったが、森までもが静まり返った。

「黙れ、人間」
 
 〝森の民〟たちは不服そうな顔を浮かべるも、シャルルは容赦なく続けた。

「どれだけ信奉を捧げようとも、所詮貴様らはただの人間に過ぎぬ」
 
 痛烈な台詞を浴びせられ、〝森の民〟たちは項垂れる。

「それを忘れるな。人間に神を縛ることなど出来ぬ。成聖者とて同じ。あの娘にも、豊穣神の意志を無視する真似は出来やせぬ」
 
 急に話を振られたシアは戸惑いながらも、頷いてみせる。

「……つまり、森に帰られないのは豊穣神様のご意志だと仰るのですか?」
 
 弱々しい瞳がシアを見据える。

「……うん。わたしは帰らない。破壊神を倒すまでは、帰る訳にはいかない。そのあとだって……きっと帰らないと思う」
 
 拙いながらもシアは続けた。

「ここはわたしの生まれた場所だけど、帰る場所じゃない。ここはとても豊かで、わたしがいなくても大丈夫だもん」
 
 それに貴方たちもいるからと付け加えて、

「世界には、もっとわたしを必要としている場所がある。わたしはそれを知っている。枯れた大地を、緑のない世界を――だから、わたしはずっとここにいる訳にはいかない」
 
 豊穣神は神託を下した。

 これには、さすがの〝森の民〟たちも従うしかなかった。
 さもなくば、彼等の存在意義に関わる。
 
 初めて〝森の民〟は豊穣神に託されたのだ。
 自分たちがいれば、森は大丈夫だと。その期待に応えらないようでは、創造神が指摘した通りの人間になってしまう。
 〝森の民〟としての誇りを守りたければ、彼等はシアを諦めるしかなかった。

「人には手出すなって言っといて、自分はすぐに出すんだもんな」
 
 去っていく〝森の民〟の背中を眺めて、シャルルが零した。

「まだ、出してなかっただろう?」
「いーや、あれはおれが止めなかったら絶対に手ぇ出してたって」
 
 負けを認めるように、ペルイは銛を背負い直す。

「あの時だってそうだったじゃん。……だから、おれは大丈夫になった」
 
 満面の笑みで言われ、ペルイは気恥ずかしく頬をかく。

「つーか、破壊神は?」
 
 彼だけは、確信を得るに至っていなかった。

「……いる。位置的に、そろそろリルトの軍とぶつかる」
「だったら、急がねぇとな」
「うんっ! リルトは殴ってやらないといけないから、助けないと」
 
 かくして、三人の英雄は動き出した。
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登場人物紹介

戦神の成聖者、リルトリア(16歳)。ミセク帝国の皇子だが、継承権は下位。


聖寵:戦場の声を聴く(身の危険を察する)

聖別:対象は武具。使用者に重さを感じさせなくする

聖奠:王権。兵たちを意識レベルから支配し、操る


創世神の1柱でもある狩猟神の成聖者、クローネス(17歳)。ファルスウッド王国の王女。


聖寵:動物の声を聴く

聖別:対象は動物。文字通り、使役する

聖奠:投擲。あらゆるモノを〝矢〟として放つ狩猟神の〝弓〟を召喚

鍛冶神の成聖者、レイド(26歳)。身分違いの恋から逃げるよう放浪中。


聖寵:鉄の声を聴く(金属強度・疲労を理解)

聖別:対象は鉄。形を自在に変える

聖奠:鍛冶場の形成。金属を切り裂く武器を生み出す

この世界の最高神でもある創造神の成聖者、シャルル(11歳)。仲間たちと破壊神の行方を追っている。


聖寵:大地の声を聴く

聖別:対象は大地。文字通り、自在に操る

聖奠:天地創造。あらゆるモノを凌駕する創造神の゛手〟を召喚

創世神1柱でもある豊穣神の成聖者、シア(22歳)。同じく、破壊神の行方を追っている。


聖寵:植物の声を聴く

聖別:対象は植物。文字通り、使役する

聖奠:水源。水を生み出す、豊穣神の〝甕〟を召喚


航海神の成聖者、ペルイ(30歳)。破壊神の行方を追う、2人の保護者。


聖寵:潮読み。波風の声を聴く

聖別:対象は船。波風を軽減する

聖奠:嵐を呼ぶ(制御はできない)

医神の成聖者、エディン(28歳)。新大陸を目指して、海上を旅している。


聖寵:往診。身体の状態を聴く

聖別:対象は医療器具。消毒、清潔に保つ

聖奠:治癒

慈愛神の成聖者、テスティア(18歳)。その力を失い、現在はただの人として働いている。


聖寵:愛の程度を聴く(他者がどれだけ神に愛されているか――その力の多寡、気配を察する)

聖別:対象は神に愛された人。神の力――聖寵、聖別、聖奠を増幅させる

聖奠:結界。愛情の深さに応じた防御壁の形成

正義神の成聖者、ジェイル(16歳)。先の戦いで謎の死を遂げている


聖寵:神託。神の声を聴く

聖別:対象は人と物。穢れを払い、加護を与える

聖奠:神の裁き。自らの行い、立場が善であればあるほど力を増す

この世界の最高神でもある、破壊神の成聖者。名前も年齢も不明。先の戦いで唯一生き延びた邪神の1柱。


聖寵:壊れる声を聴く

聖別:対象はあらゆるモノ。異形の魔物へと変える。もしくは灰燼と帰す

聖奠:あらゆるモノを打ち砕く破壊神の〝鎚〟を召喚

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