第24話 魔物の軍勢、狩猟神の一撃

文字数 2,649文字

「何があった?」
 
 滅びの道を辿っていた敵が一斉に息を吹き返した様子に、皇帝が尋ねる。

「僅かだが、世界の壊れる音がした。おそらく、人神の聖奠(せいてん)だ」
 
 皇帝に答える者は、破壊神の成聖者しかいない。自分を守るつもりなどないのだから、全ての兵を投入してしまった。
 
 ――壊しつくせ、と。

「身のほどを教えてやるとするか」
「いいのか?」
「聖奠は使わん。聖別だけで充分だ」
 
 皇帝の行軍に加わっていた戦馬車の中には、無数の生きた動物が乗っていた。餌だ。半魔物化した人と馬が生きる為の糧として、それらは積まれていた。

「――恵みあれしもべらに(ゴッド・オブ・ザ・プロフェット)
  
 動物たちは断末魔にも似た雄叫びを上げ、次第に姿を変える。
 ある種は筋肉と骨が肥大し、体毛が全て抜けた。ある種は筋肉が萎み、体毛が硬く鋭利になった。ある種は骨格が変わり、人間のように立ち上がった。
 
 小型で頼りなさそうなのは大地を纏わせ、ゴーレムにした。魔物化した植物を寄生させた種もいた。
 
 飛行部隊も数が欲しいと、鳥だけでなく虫までも使った。何百匹を一匹に纏め上げれば、動物ベースにも引けを取らない脅威となる。

「――行け。神を僭称する愚か者に天罰を与えよ」
 
 再び、破壊神の眷属が英雄たちに牙を剥く。

「どこまでもつやら」
 
 唇に嘲笑を浮かべ、破壊神は魔物を量産し続ける。死神の聖別を扱える者がいれば楽なのだが、当分は期待できそうになかった。
 平和を取り戻したばかりの世界では、邪神崇拝の流れはやってこない。
 それに狩猟神は成聖者のみならず、死神そのものにも痛手を負わせていた。

「……飽きたな」
 
 敵は完全に軍勢としての形を取り戻し、抗い続けていた。早くも()んだ破壊神は、一つ大きな魔物に取り掛かる。
 
 ――刹那、世界の壊れる音が破壊神の耳を震わせた。

 


 破壊神の聖奠は動物たちを慄然とさせた。
 近くに潜んでいた鳥や獣たちは急ぎ、自らの主に救いを求める。
 内の何匹かは破壊神に捕まり、壊されてしまうも問題ない。
 
 動物たちは、種としての存亡を第一に考える。
 多大な犠牲を払おうとも、自らが死のうとも……種が生き残るならそれでいい。
 獣としての本能をもって、動物たちはクローネスの元へと急いだ。
 
 一方、クローネスは森の中にいたので、伝わるのに暫しの時を浪費する。
 彼女は自分でも理解できない感情に呑まれ、消化できないまま蹲っていた。
 けれでも、動物から急報を聞くと立ち上がった。

「――神の子羊(アニュス・デイ)
 
 割りきり、押し殺すことは慣れていた。
 それに破壊神を倒せるとすれば今しかない。これから先、万全の体調でいられる保証はないのだ。
 
 巨大な猛禽が主の命に従い、翼を休めた。髪を纏め上げたクローネスは背に跨り、上昇する。
 
 早くも、血の匂いが風に運ばれてきた。
 どうやら、派手に殺し合っているようだ。クローネスは王城に立ち寄り、命令だけ下す。

「戦闘に参加する必要はありませんが、怪我人の受け入れ準備を――」
 
 顔を合わしたくなかったので、遠くからネリオカネルに言葉を〝投擲〟した。
 近づくに連れ、声が聞こえてくる。遠目から見ても劣勢だったリルトリアたちから、歌声が響いてくる。
 
 中心には炎――鍛冶神の痕跡があった。

「……レイドっ!」
 
 呼びかけたい気持ちを抑えて、クローネスは自分の敵を見据える。
 エマリモ平野に向かってくる魔物の群れ。
 起点にいる人物こそ、破壊神の成聖者に他ならない――二人いるが、どうでもいい。

「十字架の血に 救いあれば
 来たれとの声を われはきけり
 主よ、われは いまぞゆく
 十字架の血にて きよめたまえ
 よわきわれも みちからを得
 この身の汚れを みな拭わん――」
 
 消去法で皇帝だろうと右手で弦月を描き、象った〝弓〟を左手で掴む。右手は流れのまま、ありったけの風を〝矢〟として番え、

「――十字架の血に(ウエルカム・ヴォイス)
 
 纏めて、殺す気で引き放った。
 
 ここ最近、リルトリアたちを追い返してきた投擲とは、比べものにならない風圧が地上を襲う。
 轟音が戦場を貫き、魔物たちの肉体をも振るわせ、兵たちが見上げる頃には、標的を打ち砕く――狩猟神の名に恥じぬ一撃。
 
 されど〝矢〟は払われた。
 見据えることなく腕だけの動きで――手には〝槌〟が握られている。
 
 細身の柄に、人間すら容易く打ち付けてしまえそうな武骨な塊。
 つい、何度も見返してしまうほどバランスの悪い形状は、〝壊す〟機能しか備わっていないかのようだ。
 
 ――あれこそが、破壊神の神器(シンボル)
 
 クローネスは絶えず投じてみるも、びくともしない。同じ創世神であっても、次元が違う。
 身体に当てない限り、狩猟神の力は無力化されてしまう。

「ちっ……」
 
 らしくもなく、クローネスは舌打ちする。破壊神が魔物の背に乗り、近づいてきた。

「久しぶりだな、狩猟神――」
 
 挨拶の代わりに聖奠を返すも、結果は同じ。

「相変わらず、容赦がない」
「随分と変わったのね」
 
 以前は戦いとは無縁に華奢だったのが、服で隠せないほど肉が盛り上がっている。血管が破裂せんばかりに浮き上がっているところからして、健常な方法で身につけたものではない。

「肉体の力も必要だと、創造神に教えられてな」
「そこまで人を辞めるくらいなら、さっさと死ねばいいのに」
 
 懲りずに投擲するも、徒労に終わる。

「わかっているだろうが、無駄だ」
「でも、万が一当たれば死ぬでしょ?」
「万が一があればな」
「……馬鹿にしているの?」
 
 創造神と同格と考えれば、彼も神を一時的に肉体へと降ろす〝降臨〟が扱えるはず。

「降臨を使わないなんて」
「あれは疲れる。それに貴様は他の創世神よりも、遥かに聖奠を使いこなしているからな」
「持久戦ね」
「そういうことだ。場所はどうする? 我はここでも構わんが」
「変えるに決まってるでしょっ!」
 
 他の者には〝弓〟も〝槌〟も視ることが叶わない。彼等の上空で不可視の攻防を続けていれば、どうしても人の心を乱してしまう。
 
 警戒しながらクローネスは先導し、森に降り立った。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

戦神の成聖者、リルトリア(16歳)。ミセク帝国の皇子だが、継承権は下位。


聖寵:戦場の声を聴く(身の危険を察する)

聖別:対象は武具。使用者に重さを感じさせなくする

聖奠:王権。兵たちを意識レベルから支配し、操る


創世神の1柱でもある狩猟神の成聖者、クローネス(17歳)。ファルスウッド王国の王女。


聖寵:動物の声を聴く

聖別:対象は動物。文字通り、使役する

聖奠:投擲。あらゆるモノを〝矢〟として放つ狩猟神の〝弓〟を召喚

鍛冶神の成聖者、レイド(26歳)。身分違いの恋から逃げるよう放浪中。


聖寵:鉄の声を聴く(金属強度・疲労を理解)

聖別:対象は鉄。形を自在に変える

聖奠:鍛冶場の形成。金属を切り裂く武器を生み出す

この世界の最高神でもある創造神の成聖者、シャルル(11歳)。仲間たちと破壊神の行方を追っている。


聖寵:大地の声を聴く

聖別:対象は大地。文字通り、自在に操る

聖奠:天地創造。あらゆるモノを凌駕する創造神の゛手〟を召喚

創世神1柱でもある豊穣神の成聖者、シア(22歳)。同じく、破壊神の行方を追っている。


聖寵:植物の声を聴く

聖別:対象は植物。文字通り、使役する

聖奠:水源。水を生み出す、豊穣神の〝甕〟を召喚


航海神の成聖者、ペルイ(30歳)。破壊神の行方を追う、2人の保護者。


聖寵:潮読み。波風の声を聴く

聖別:対象は船。波風を軽減する

聖奠:嵐を呼ぶ(制御はできない)

医神の成聖者、エディン(28歳)。新大陸を目指して、海上を旅している。


聖寵:往診。身体の状態を聴く

聖別:対象は医療器具。消毒、清潔に保つ

聖奠:治癒

慈愛神の成聖者、テスティア(18歳)。その力を失い、現在はただの人として働いている。


聖寵:愛の程度を聴く(他者がどれだけ神に愛されているか――その力の多寡、気配を察する)

聖別:対象は神に愛された人。神の力――聖寵、聖別、聖奠を増幅させる

聖奠:結界。愛情の深さに応じた防御壁の形成

正義神の成聖者、ジェイル(16歳)。先の戦いで謎の死を遂げている


聖寵:神託。神の声を聴く

聖別:対象は人と物。穢れを払い、加護を与える

聖奠:神の裁き。自らの行い、立場が善であればあるほど力を増す

この世界の最高神でもある、破壊神の成聖者。名前も年齢も不明。先の戦いで唯一生き延びた邪神の1柱。


聖寵:壊れる声を聴く

聖別:対象はあらゆるモノ。異形の魔物へと変える。もしくは灰燼と帰す

聖奠:あらゆるモノを打ち砕く破壊神の〝鎚〟を召喚

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み