第30話 暇な神々の囚人

文字数 2,938文字

 破壊神の聖寵なくとも、誰もが世界の壊れる音を聴いた。
 一方が人の器を通しているとはいえ、このまま最高神同士がぶつかり合えば、世界が傷つくのは明白であった。
 
 ゆえに、多くの人々が創世記の真実に気付くことになる。
 
 原初神は、神の理から外れた人間を恐れたのではない。
 神々の争いが熾烈に過ぎるから、世界を切り離したのだと。
 
 しかしながら、人間が偶発的に誕生した事実に相違はない。
 
 間違いなく、神々の争いの予期せぬ影響から、人間は生まれた。
 なれど、唯一神を持たぬ人間が生き続けたのには理由がある。
 
 ――神々の代理戦争の道具。
 
 その為だけに、人間は生かされた。
 遥か昔。原初神は忘れているだろうが、そういった事情で人間の存在は認められた。
 争いをやめることができなかった、創世神たちに対する慈悲だ。
 
 そうして、この世界〈小さな世界〉と人間〈争う道具〉は、五柱の神に分け与えられたのだ。
 
 創世神の成聖者たちは、漠然とその事実を知っていた。
 かつて、自分たちが神の囚人であったと。
 
 そう、かつて――
 
 悠久な歴史の流れの中のほんの僅かな一時、
 
 ――人間の運命は神々が決めていた。
 
 だからこそ、三柱の創世神は争いを好まない。
 成聖者に何も求めず、なんの干渉もしない。
 
 ――後悔しているのだ。
 
 どこかしら漂う悔恨の念を、成聖者たちは常に感じ取っていた。
 同時に、破滅の匂いも。
 
 三柱の神が女、子供を器に選ぶのは、本心では滅びたがっているからなのかもしれない。
 
 邪神を止める存在がいなければ、いずれは原初神が姿を現す。
 そして今度こそ、創世神は罰せられる。
 狩猟神、豊穣神、創造神にとっては、存在の消滅か箱庭世界からの追放こそが、真の望みなのだ。
 
 しかれども、三柱の神々は幾度となく人間たちに力を貸してくれた。
 過ちは繰り返すまいと、人間の願いに応えてくれた。
 
 ――人の世の運命は人間が決める。
 
 それゆえに、創世神の争いは終わらない。
 二柱の邪神が自らの行いを悔い改めない限り、何度でも繰り返される。
 
 そう、何度でも――
 
 此度の成聖者たちだけではない。
 彼女たちはこれまでも、立ち上がってきた――
 
 そうして再び、三柱の神々は集結する。





 創造神の代行者は一人で戦っていた。彼女のみが破壊神の姿を瞳に焼き付け、明確な敵意を向ける。

「天よ、喜べ、地よ、たたえよ
 造られしもの 声あわせよ
 主のよみがえりの この日を祝い
 尽きぬ喜び、われらたたえん」
 
 シャルルは自らが立つ大地を聖別していく。

「罪に打ち勝ち、死をやぶりて
 われらの心 解き放つ主
 その勝ち歌こそ 全地に満ちて
 救われしもの ともに歌う――」
 
 少女の喉がかき鳴らす旋律は力強く、平野の隅々にまで届く気さえした。

「――地よ、声たかく(ランカシャー)!」
 
 森まで続く大地が躍動し、破壊神に向かって地柱が乱立する。
 その一つ一つが山脈に連ねんばかりの密度と大きさを有しながらも、疾走する速度で標的に襲い掛かり――残らず、砕け散った。
 
 欠片一つ残らない様を見届け、三人の成聖者が胸を撫で下ろす。いまのは攻撃ではなく、防御の一手であった。
 
 本体は見えなくとも、〝槌〟は他の二人の目にも映る。なんらかの手段をもって、破壊神は〝槌〟を投擲していた。
 大空を逃げてきたクローネスとレイドが平野に降り立つ。

「ロネっ! これを飛ばして! 森に向かって空高く!」
 
 待っていたのか、豊穣神の〝(かめ)〟をシアが差し出してきた。
 頼まれるまま、クローネスは〝矢〟として受け取り、狩猟神の〝弓〟は寸分たがわず打ち上げた。
 虚空の何処かで〝甕〟が割れ、森に恵みの雨が降り注ぐ。

「よろこびと さかえに満つ
 主の日こそ われらの憩い
 つかれをも いやす神に
 わが重荷 すべて委ねん――」

 絶え間なく打ちつけられる雨粒により、人の目にも破壊神の存在が朧げに浮かぶ。森を形成しているどの木々よりも高く、大きな存在。

「――よろこびとさかえに満つ(オー・クアンタ・クオリア)!」
 
 シアは歌いながら両手を地につけ、遠く離れた植物たちに聖別を施す。死んだ森がたちまち息を吹き返し、破壊神の巨体を縛り始める。
 声――に聞こえなくもない振動が森をつんざくも、土地柄によるものか植物の桎梏(しっこく)はびくともしなかった。

「いったい、どういう状況だ?」
 
 緊張の緩和を読み取ってか、ペルイが一同を見渡す。

「破壊神の成聖者は私が殺した。それによって破壊神が一時的に顕現し、暴れている」
 
 私を殺すまで、とクローネスは嫌そうに嘆息した。

「そうか、あいつ……死んだのか」
「シャルル、あなたの優しさは届いていた」
 
 シャルルは首を振る。
 ――違う、と。

「優しさなんかじゃない。ただ、おれがわかって欲しかっただけだ。あいつのほうが辛かったのに……!」
「そんなの関係ねぇ。あいつが、心を開かなかっただけの話だ。現におまえは同情する俺たちを受け入れた」
 
 誰よりも早く、ペルイが慰める。

「そもそも、悪いのはアレだろう?」
 
 些か乱暴にシャルルの頭を叩くと、ペルイは銛で破壊神を指し示した。

「ペルイの言う通りよ」
「うんっ、そうだよっ!」
 
 クローネスとシアも追従し、

「ほれっ、レイド。おまえもなんとか言ったらどうだ?」
「いや、その……なんだ。シャルル、おまえは偉い。まだ、子供なのにな」
 
 急に振られたレイドはしどろもどろしながらも、答えた。

「……子供は余計だっつの」
 
 笑って吐き捨てると、シャルルの瞳に神妙な光が宿った。

「おれは破壊神を許さない。人の運命を弄ぶ、時代遅れの神を絶対に!」 
 
 全員が頷く。

「まったくだ。神だろうがなんだろうが、好きにされてたまるかっての」
「激しく同感だな。神だというなら、一人の人間に固執しないで貰いたい」
「そうね。原初神がやる気を出す前に、私たちで片を付けましょう」
「うんっ! 今度こそ、わたしも力になるからっ!」
 
 仲間たちの顔を見比べたあと、シャルルは創造神に語りかける。
 
 ――どうか、おれに力を貸してくれ。

「来たれ、創造主たる聖霊よ
 人間たちの心に訪れ
 なんじのつくられし魂を
 高き恵みをもってみたしたまえ」
 
 ――仲間を、おれの小さな世界を守るだけの力を!

「われらが肉体の弱さを
 絶えざる勇気を持ち力づけ
 光をもって五官を高め
 愛を心の中に注ぎたまえ」
 
 ――神よ! おれの人生を縛ってきた創造神よ!

「敵を遠ざけて
 ただちに安らぎを与えたまえ
 先導主なるあなたにならって
 我らをすべての邪悪から逃れさせよ――」
 
 ――その為ならば、いま再び、あなたに祈ろう!

「――来り給え、創造主たる聖霊よ(ウェーニー・クレアトール・スピリトゥス)
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

戦神の成聖者、リルトリア(16歳)。ミセク帝国の皇子だが、継承権は下位。


聖寵:戦場の声を聴く(身の危険を察する)

聖別:対象は武具。使用者に重さを感じさせなくする

聖奠:王権。兵たちを意識レベルから支配し、操る


創世神の1柱でもある狩猟神の成聖者、クローネス(17歳)。ファルスウッド王国の王女。


聖寵:動物の声を聴く

聖別:対象は動物。文字通り、使役する

聖奠:投擲。あらゆるモノを〝矢〟として放つ狩猟神の〝弓〟を召喚

鍛冶神の成聖者、レイド(26歳)。身分違いの恋から逃げるよう放浪中。


聖寵:鉄の声を聴く(金属強度・疲労を理解)

聖別:対象は鉄。形を自在に変える

聖奠:鍛冶場の形成。金属を切り裂く武器を生み出す

この世界の最高神でもある創造神の成聖者、シャルル(11歳)。仲間たちと破壊神の行方を追っている。


聖寵:大地の声を聴く

聖別:対象は大地。文字通り、自在に操る

聖奠:天地創造。あらゆるモノを凌駕する創造神の゛手〟を召喚

創世神1柱でもある豊穣神の成聖者、シア(22歳)。同じく、破壊神の行方を追っている。


聖寵:植物の声を聴く

聖別:対象は植物。文字通り、使役する

聖奠:水源。水を生み出す、豊穣神の〝甕〟を召喚


航海神の成聖者、ペルイ(30歳)。破壊神の行方を追う、2人の保護者。


聖寵:潮読み。波風の声を聴く

聖別:対象は船。波風を軽減する

聖奠:嵐を呼ぶ(制御はできない)

医神の成聖者、エディン(28歳)。新大陸を目指して、海上を旅している。


聖寵:往診。身体の状態を聴く

聖別:対象は医療器具。消毒、清潔に保つ

聖奠:治癒

慈愛神の成聖者、テスティア(18歳)。その力を失い、現在はただの人として働いている。


聖寵:愛の程度を聴く(他者がどれだけ神に愛されているか――その力の多寡、気配を察する)

聖別:対象は神に愛された人。神の力――聖寵、聖別、聖奠を増幅させる

聖奠:結界。愛情の深さに応じた防御壁の形成

正義神の成聖者、ジェイル(16歳)。先の戦いで謎の死を遂げている


聖寵:神託。神の声を聴く

聖別:対象は人と物。穢れを払い、加護を与える

聖奠:神の裁き。自らの行い、立場が善であればあるほど力を増す

この世界の最高神でもある、破壊神の成聖者。名前も年齢も不明。先の戦いで唯一生き延びた邪神の1柱。


聖寵:壊れる声を聴く

聖別:対象はあらゆるモノ。異形の魔物へと変える。もしくは灰燼と帰す

聖奠:あらゆるモノを打ち砕く破壊神の〝鎚〟を召喚

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み