第15話 狩猟神の憂鬱

文字数 2,965文字

 今はもう、定例行事さながら戦神の侵攻はさばかれていた。
 かれこれ、十日に及ぶ。
 口うるさかったネリオカネルさえ、今ではクローネスの出陣を黙って見守る始末。

「はぁ……」
 
 撤退するリルトリアの姿を見て、つい溜息が零れる。彼の狙いがわかっているだけに、不憫で仕方がないのだ。
 
 ――無駄だと、教えてあげるべきであろうか? 
 
 ふと過るも、クローネスは首を振る。
 やはり、それは嫌だった。
 
 駄目ではなくて嫌という、彼女にしては珍しく感情的な理由。

 でも、こればっかりは割り切れずにいた。
 エディンにならまだしも、他の人にはまだ話したくない。

「……はぁ」
 
 二度目の溜息は悩ましげで、しんみりとあとを引いていた。レイドが近くにいると知らされて以来、気付けば吐息を重ねている自分にやるせなくなる。
 
 シャルル曰く、来ていないのは二人。
 
 エディンは、セスス大陸を離れた何処とも知れない海上にいるはずなので、きっと知らないのだろう。
 テスティアは……怒っているんだろうな。ジェイルのことを思うと、確かに仲間同士で争うのは気が咎めなくはない。
 
 ――でも、仕方ない。私は王女なのだから。
 
 国の為にならない限り、相手が誰であろうとも折れるわけにはいかなかった。
 日に日に厚くなっていく帝国の陣容に、クローネスの懸念は増していく。
 
 この数に押し寄せられれば、さすがに護りきれない――狩猟神の力を無慈悲に使わなければ。
 
 けど、そのような真似をすれば間違いなく、クロノスは亡国の運命を辿る。
 クローネスが身罷(みまか)ったあと――いや、聖奠を扱えなくなった時点でお終いだ。

「はぁ……」
 
 不安の種は他にもある。
 筆頭は破壊神の行方で、クローネスの見解はペルイと違った。
 
 もし壊していれば、見つかっていなければおかしい。破壊神の力は、それほどまでに目立つのだ。
 人の目ならともかく、大地と植物の目に留まらないはずがない。
 
 だとすれば答えは単純で、破壊神は大地と植物の目に届かない場所にいる――クローネスには心当たりがあった。
 
 かつて訪れた、ミセク帝国の皇宮。
 あの周辺は人為的な大地で敷きしめられ、一切の植物も存在しなかった。あの建物の中にいると仮定すれば、聖寵では見つけられない。
 
 杞憂であればいい、とクローネスは思う。希望的観測であると、理解していながらも切に願う。
 
 昨日、ついに皇帝自ら率いる軍が帝都を発った。
 兵の数は、およそ二万。
 詳しい編成は不明であるものの、多数の重騎兵と戦馬車の姿が確認されている。
 
 あり得ないことに、兵も馬も重厚な甲冑を身に着けて行軍しているのだ。
 
 それでいて、恐ろしいほどの進行速度――間違いなく、聖別を使用している。
 戦神の聖別は重さを感じさせなくするだけで、なくなるわけではない。
 すなわち、通常でも扱える重さでなければ、肉体はたちまち壊れてしまう。
 
 侵攻に際して、リルトリアたちが全身ではなく、半身を隠す程度の盾を装備していたのはその為だ。
 
 身の丈に合わない武具を扱っていては、戦士としての寿命を確実に縮める。
 
 裏を返せば、それだけで戦神の名に相応しい働きを発揮できるということだが、そう長く続くものではない。
 
 数人規模の商隊でさえ、帝都からエマリモ平野までは十日を要する。
 当然、人数が多ければ多いほど、移動速度はというものは落ちていく。
 
 二万もの軍勢となれば、地盤や補給の問題も無視できない。どうしても整備した道を選ばざるを得なくなるので……倍は見ていいだろう。
 
 およそ二十日。
 そうなると、あれほどの重りを付けた馬が持つはずがない。
 
 それなのに、何故? ――そこから演繹(えんえき)していくと、クローネスは皇帝に破壊神の影を重ねずにいれられなかった。
 
 敵との遭遇、奇襲があり得ない状況で甲冑を着こむ理由として考えられるのは、何処か別の場所を急襲する予定がある……いや、今更帝国が攻め入る必要性があるところなど、近辺に見当たらない。
 
 ならば、目的は兵や馬の姿を隠すこと? 
 農民などの非戦闘民を甲冑で覆い、兵力を水増し……いや、訓練を受けていない者に、付いていける行軍速度ではない。
 
 それに問題は兵ではなく、馬のほうだ。
 どうしても、足枷にしかならない甲冑を身に着けて、長距離、非戦闘地域を走る意味を見いだせない。
 
 皇帝が自ら軍を率いている時点で、道理などないのかもしれない。
 それでも、こじつけるとすれば――

「既に、馬も人も別のナニカに変えられている……」
 
 言葉にして、耳に届けてみても突拍子がなくて、
「まさか、ね」
 クローネスは独り言ちる。

 破壊神の聖別は魔物化と呼ばれているものの、本質は対象の魂や肉体を〝壊し〟、別の存在に変えることである。
 
 もし、兵と馬が既に半壊――半魔物化されているとすれば、色々と辻褄が合う。
 
 破壊神の聖別は基本的に本来の種よりも強く凶暴にするも、比例して姿形が醜くなるので甲冑で隠さざるを得なかった。
 
 物であれば、人神でも前もって聖別しておけるのはエディンが証明している。
 帝国ならば、聖別済みの武具などいくらでも用意できるはず。
 異常な行軍速度も、人と馬でなければなにもおかしくはない。

「まさか……ね」
 
 焦燥感が募る。
 考えれば考えるほど、悪い予感が芽吹いていく。
 
 戦神の祝福を受けた武具をもって、破壊神の加護を受けた騎馬兵が突撃する。数の上ではリルトリアたちが有利だが、果たして勝てるだろうか? 
 
 鳥を使うクロノスの情報伝達は速い。
 陣容からして、帝国側はまだ皇帝の異常な行軍速度に気付いていない。
 
 ――教えるべきか? クローネスは頭を悩ませる。
 
 推論とも呼べない上に、証拠も一切ない。
 シャルルの力を借りればなんとかなるかもしれないが、本当に破壊神がいたら――駄目だ。あの子を、破壊神に会わせてはならない。
 
 使命感だけで突撃されたら、今度こそ殺されてしまう。
 
 創造神と破壊神の力は互いに打ち消し合うので、人としての力が勝敗を喫する。
 破壊神のほうも神の力に依存したタイプとはいえ、男と女、大人と子供では勝負になるはずもなく、前回、シャルルは素手で殺されかけた。

「……はぁぁ」
 
 更に抱えた不安は、正にそのシャルルたちのことだった。
 ペルイの説得の仕方が悪かったのか、彼女たちはまだクロノスに滞在している。クローネスとリルトリアの決着がつくまでは、ここを動かないと訴えている。
 
 〝森の民〟の件もあるのでクローネスとしては遠慮願いたかったのだが、色々と条件を付けるのが精いっぱいで、最終的には折れる羽目になった。
 
 我侭しか言わない相手を言い包めるには、彼女も幼すぎた。
 言葉も経験も思慮も足りない。まだ、エディンのようにはいかないのだと、クローネスは一人で落ち込む。
 
 状況が状況だけに、未熟な王女は年相応の弱さを噛みしめていた。
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登場人物紹介

戦神の成聖者、リルトリア(16歳)。ミセク帝国の皇子だが、継承権は下位。


聖寵:戦場の声を聴く(身の危険を察する)

聖別:対象は武具。使用者に重さを感じさせなくする

聖奠:王権。兵たちを意識レベルから支配し、操る


創世神の1柱でもある狩猟神の成聖者、クローネス(17歳)。ファルスウッド王国の王女。


聖寵:動物の声を聴く

聖別:対象は動物。文字通り、使役する

聖奠:投擲。あらゆるモノを〝矢〟として放つ狩猟神の〝弓〟を召喚

鍛冶神の成聖者、レイド(26歳)。身分違いの恋から逃げるよう放浪中。


聖寵:鉄の声を聴く(金属強度・疲労を理解)

聖別:対象は鉄。形を自在に変える

聖奠:鍛冶場の形成。金属を切り裂く武器を生み出す

この世界の最高神でもある創造神の成聖者、シャルル(11歳)。仲間たちと破壊神の行方を追っている。


聖寵:大地の声を聴く

聖別:対象は大地。文字通り、自在に操る

聖奠:天地創造。あらゆるモノを凌駕する創造神の゛手〟を召喚

創世神1柱でもある豊穣神の成聖者、シア(22歳)。同じく、破壊神の行方を追っている。


聖寵:植物の声を聴く

聖別:対象は植物。文字通り、使役する

聖奠:水源。水を生み出す、豊穣神の〝甕〟を召喚


航海神の成聖者、ペルイ(30歳)。破壊神の行方を追う、2人の保護者。


聖寵:潮読み。波風の声を聴く

聖別:対象は船。波風を軽減する

聖奠:嵐を呼ぶ(制御はできない)

医神の成聖者、エディン(28歳)。新大陸を目指して、海上を旅している。


聖寵:往診。身体の状態を聴く

聖別:対象は医療器具。消毒、清潔に保つ

聖奠:治癒

慈愛神の成聖者、テスティア(18歳)。その力を失い、現在はただの人として働いている。


聖寵:愛の程度を聴く(他者がどれだけ神に愛されているか――その力の多寡、気配を察する)

聖別:対象は神に愛された人。神の力――聖寵、聖別、聖奠を増幅させる

聖奠:結界。愛情の深さに応じた防御壁の形成

正義神の成聖者、ジェイル(16歳)。先の戦いで謎の死を遂げている


聖寵:神託。神の声を聴く

聖別:対象は人と物。穢れを払い、加護を与える

聖奠:神の裁き。自らの行い、立場が善であればあるほど力を増す

この世界の最高神でもある、破壊神の成聖者。名前も年齢も不明。先の戦いで唯一生き延びた邪神の1柱。


聖寵:壊れる声を聴く

聖別:対象はあらゆるモノ。異形の魔物へと変える。もしくは灰燼と帰す

聖奠:あらゆるモノを打ち砕く破壊神の〝鎚〟を召喚

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