第20話 破壊神
文字数 2,124文字
裏を返せば、不完全なら魔物とは呼べず、命令にも従わないということだ。
けれども、紛れもなく他と異なる個体に違いはない。似て非なる者。集団において、それは疎外や迫害の対象となり得る。
さすればどうなるかは、火を見るより明らかであろう。
――トロイアの木馬。
それは巧妙に、種を陥れていく。実のところ、それは悪神の分野であるものの、破壊神にも似たような真似はできた。
もっとも、〝壊す〟という性質上、姿形に影響を与えずにはいられないので、巧妙さでいえば悪神には劣っていた。
だが、今回に限ってはさしたる問題ではなかった。
むしろ問題なのは、数と他の神の祝福を受けていること。人神とはいえ、聖寵を授かっている人間を〝壊す〟のは骨が折れるのだ。
ところが、兵は拒まなかった。ほとんど、逃げもしなかった。皇帝の勅命――そんなもので、彼等は人であることを辞めた。
破壊神にとっては、信じられない光景であった。
まるで、自分よりも皇帝のほうが神ではないか。言葉一つで万の人間を従えるなど、まさしく神の所業である。
そもそも、破壊神にとって皇帝という存在は理解し難かった。
破壊神の成聖者は人ではない。
少なくとも、人としてこの世に生を受けたものの、人として扱われないまま育ったものだから、人の世がわかっていなかった。
現に、彼には名前すらない。年齢も知らず、自身の身体を壊しまくったおかげで見当もつかなくなっている。
身体と同様に、顔も度々変わっていた。だからこそ人の目に触れても平気だったし、力を使わない限り、存在を知られる心配もなかった。
それなのに、皇帝の目には留まった。
偶然だった。自然のない場所を目指していたらたまたま帝都に辿り着き、たまたま皇帝に出くわしてしまった。
もしかすると、壊れている者同士、通じるものがあったのかもしれない。
そう、壊れている。皇帝もどこか壊れていた。
破壊神は聖寵をもって、気付いていた。
この男は人として欠損している……と。悪神の聖別を受けたように巧妙に隠されているが、決して普通の人ではない。
一方、皇帝も気付いていた。経験と直感だけで、目の前にいる男が人間ではないと察していた。
謀らずとも、こうして人ならざる者たちは邂逅を果たしたのだった。
――あれから、およそ半年の月日が過ぎた。
現在、二人は壊れた目的を達成せんが為に、戦馬車に揺られている。
どんな道でも速度を緩めることなく、皇帝が率いる人魔の軍勢は突き進んでいく。面白いことに、兵たちは未だ皇帝に忠誠を誓っていた。
僅かに残った人間部分がその選択をしたことに、破壊神は驚かずにいられない。
どうやら、形だけの主従関係ではなかったようだ。常人には、理解しえない繋がりが確かにあった。
「しもべらよ、み声きけ、
人びとを 弟子とせよ。
勝利に満つる 主のみ名と
その栄えを広めゆけ。
――
破壊神の聖別が、進行に邪魔な障害を排除していく。木や岩は勿論のこと、街も例外ではない。
――民家を、人を、蹴散らしながら……軍勢は道を進む。
このように、元の存在よりも遥か脆弱に〝壊す〟ことも破壊神にはできた。
先頭を破壊神。また、そのすぐ後ろに皇帝が位置しているので、強行軍でありながら脱落者は存在していない。
忠誠を誓った主が前を走っているからか、士気も高いまま維持されている。
行軍は順調だった。
残る懸念は、創造神と豊穣神だけである。その二柱は居所が掴めない上に、聖寵の範囲が尋常ではないので、いつ邪魔が入るか予測が立たないのだ。
帝都を発った時点で、破壊神の存在は感知されているとみていい。残るは、彼女らが何処にいるかだが、こればかりは願うしかなかった。
せめて、遠くの地へいることを――
祈りが通じたのか、妨害はなかった。
十日に渡り、彼等は果てしない距離を踏破してみせた。
敵の斥候すら逃がさない速度――翼もつ動物とて、例外ではない。近づく存在は、片っ端から壊されていった。
あとはファルクス川を超えるだけ。さすれば、エマリモ平野に足を踏み入れる。
橋は当然、警戒されていた。
平野は川の浸食や堆積によって形成される。エマリモ平野ほどの広さであれば、川の規模は推して然るべき――とても、馬や徒歩で渡れる規模ではない。
そういった、常識的な思考が徒となる。
聖奠を扱える成聖者を相手に、常識は通用しないのだ。
「眠れ、主にありて
憩え、主のみ手に
さまたぐる者は いずこにもあらじ」
これで、狩猟神も破壊神の存在に気付くことになる。
「われらいざ歌わん
死のとげいずこと
――