20. 限界

文字数 2,153文字

 日中、リンは遊んでいても、動悸(どうき)や息切れで不意に横になることが多くなった。夜中には度々咳(せき)こみだすようになり、そんな時には後ろから軽く抱き起して、呼吸がしやすい姿勢をとってあげるようにと、カイルから言われていた。それをするのは、決まってリューイである。ベッドに上がって胸の前で支えていれば、呪いに支配されたその瞬間、すぐにつかまえることができるからだ。

 ギルとカイルの代わりに、シャナイアも薬を飲ませる役として手伝っていた。だが、狂暴化したリンを力ずくで止めるには足りない状態。まとまった睡眠も取れず、生傷(なまきず)も絶えない。さすがの彼らにも、疲れが見えて分かるようになった。

 そして、ギルとカイルが立ってから六日目の真夜中。 

「やだ、もう・・・。」

 足を引き摺るようにしてソファーへ向かったシャナイアは、そこにドサリと体を沈めて涙を浮かべた。さっきサイドテーブルに置いたタオルは、リンの口から零れた水を()き取ったものだ。

「なんで起き上がんだよ、見てられねえよっ。」
 やりきれずに小声で(わめ)くリューイ。

「一日中寝込んでたのに・・・。」
 レッドは荒い息をつきながら力無く壁にもたれている。

 丸椅子に腰を落として(ひざ)に腕をかけ、下を向いて同じように呼吸を整えているエミリオは、言葉もなく目を伏せて苦い表情・・・。

 八歳の小さな体は、青白い顔で食べ物を受け付けなくなり()せて弱っても、夜中になれば飢えた狼が獲物にありつけた時のような力を、体調に関係なく爆発させてくる。その姿にもはや恐ろしさは無かった。ただ痛ましいだけだ。

 外は白々と夜が明け()めていた。ただいつもより暗いのは、雲が多いせいだろう。時間は確かに朝日を迎える頃である。

 だが彼らは疲れきって、そのまま気を失うように眠りについた。

 それからしばらくして、鍵のかかっていない玄関のドアを静かに開けた人影が二つ。

 続いてゆっくりと廊下を歩いてくる足音が、締め切ったカーテンによって夜と変わらないままの室内で止まった。人の動きがないその部屋の中で、キャンドルグラスの炎だけがまだ力強く燃えている。

「誰も気配に気付かないとは・・・さすがに、そうとう(こた)えてるな。」

 早朝に帰ってきたために、そっと登場したギルとカイルだったが、仲間たちの らしくない悲愴(ひそう)な姿を見てその場にたたずんだ。

 シャナイアはソファーで、レッドは壁にもたれて、エミリオは器用に丸椅子に腰かけたままで眠っていた。リューイはリンの背中を抱きしめ、ベッドで添い寝の恰好(かっこう)だ。

「もう朝だけど、このまま寝かせておいてあげようよ。」

 部屋に一歩足を踏み入れただけの二人は、本来その全員が戦士で、異常に敏感なはずの彼らを起こさないように下がった。それから台所へ向かい、勝手に珈琲(コーヒー)()れて一服しながら、仲間たちが目を覚ますまで待つことにした。

 およそ一時間後、最初に起きてきたのはリンの祖父である。
 彼は二言、三言、ギルやカイルと言葉を交わしただけで、手早く身支度(みじたく)を整えて畑へ出掛けて行った。

 さらに、その数十分後。

 気配がしたかと思うと、エミリオとシャナイアが二人で一緒に現れた。だが、共に疲労感の残る表情と動きである。

「帰っていたのか・・・ご苦労さん。」
「お前たちこそ・・・。」

 つらそうなため息をつきながら(いたわ)ってくれるエミリオに、ギルは眉をひそめて返した。

「もう少し寝てなよ。リンは僕たちで見るから。」

「いや、それよりカイル、リンの体を()てやって欲しい。この数日間で、また悪くなったようだ。」

「レッドもリューイも起きてるから、今行ってあげて。レッドはミーアを迎えに行ったから、今、部屋にいるのはリューイ一人だし。私も朝ご飯作るわ。」

 豹変(ひょうへん)するリンの姿を見せるわけにはいかないので、ミーアはそのままよそへ預けっぱなしなのである。

 亜麻色(あまいろ)の長い髪を一つに束ねたシャナイアは、裏口から外へ出て貯蔵庫へ向かった。 

 カイルも早速(さっそく)腰を上げて、リンのもとへ。病態が気になるエミリオとギルも一緒に移動した。診察と処置には時間はかからなかったが、食欲不振のリンは天気が悪いせいもあって、遊ぶ気力も湧かないといった感じである。

 そのうち、香ばしい釜焼(かまや)きパンと、今日は大丈夫らしい例のあの匂いがあいまって漂ってきた。

 それは本人いわく〝気まぐれシャナイアの特製お楽しみ煮込みスープ〟という名の、言い換えればミステリー感がとんでもないスープの匂い。というのは、料理が得意で確かに腕もいいシャナイアだが、一つ問題なのがたまに遊びを入れてくる。彼女のこの特製スープは恰好(かっこう)の一品で、朝採(あさど)りの何かと、なんか余った食材を無理やり都合よく気まぐれにチョイス。気まぐれに投入して気まぐれに味付けしてしまうという、全てが気まぐれに作られたものを、ただいただくだけの方には闇鍋同然であるにもかかわらず、今では朝食の定番メニューとなった。

 そういうわけで少し不安は残るものの、栄養失調をも懸念(けねん)するカイルは、医者の知識を活用して、体の仕組みなどを語りながら言葉 (たく)みにリンを誘い、間もなくテーブルの席に着かせることに成功した。

 それからタイミング良く、リンの祖父も畑から帰ってきたところで、全員そろっての朝食をとった。席が足りないので、男たちはみな立食(りっしょく)である。


ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み