10. 神様のおうち

文字数 1,834文字

 力仕事を苦も無く終わらせて、やがて戻ってきたレッドとリューイは、三十分も離れていないあいだに、子供たちが移動、または解散してしまったことに気付かされることになった。

 (あせ)るレッド。
 何てこったと辺りをきょろきょろするが、見える範囲にはどこにもいない。

 こういう事態には動じないリューイは、(がら)にもなく落ち着きのない相棒に、「広場へ行ってみよう。」と声をかけて(なだ)めた。

 しかし期待は(むな)しく、そこには、元気に木刀を打ち合っている少年たちがいただけで、少女たちの姿はない。少年たちに近寄ってきいてみたが、リンとミーアのことは誰も知らないと首を振った。分かったのは、最後はその二人になったということだけだった。

 それでも、依然(いぜん)としてリューイは冷静だった。こういう時に頼りになる仲間がいる。

 訓練された犬並の嗅覚(きゅうかく)を持つキースだ。旅の滞在地のそばに森があれば、キースはいつもそこに身を潜めて待機している。

 森に遠吠えが響き渡った。人間が発しているとは思えない独特な声が。これは、南のジャングルで育ったリューイの習性とも言えるものだ。

 そして間もなく、従順な獣がまっしぐらにやってきた。

 そのキースは、(ただ)ちにミーアの匂いをたどって二人を誘導し始めた。ミーアにとって、面白い遊具の代わりになってくれるキースは遊び相手。迷わず見つけだせるキースだが、そこから向かったのは村へ戻る道ではなく、そのまま森の奥へと続く小路(こみち)である。

 しばらくすると、下へとおりて行ける脇道(わきみち)に出た。それから川と断崖沿いの遊歩道に足を踏み入れた。周辺の木々はよく(しげ)り、陽の光が(さえぎ)られて急に薄暗くなる場所だった。

 レッドは、嫌な胸騒(むなさわ)ぎを覚えた。





 リンとミーアは、村から二キロほど離れた川のほとりに来ていた。

 (えぐ)られたような断崖のへこんでいるところに、屋根と床と柱、そして二坪ほどしかない広さのやしろがあって、その中にいる。

 子供は好奇心を掻き立てられる、何かいい感じの場所や建造物が大好き。大人なら恐縮(きょうしゅく)して神妙な態度をとるこういったものでも、子供には気分が(たかぶ)る遊び場でしかない。現に二人は、きゃっきゃと楽しそうな声を上げながら、吹き抜けの柱の間をすり抜けて行ったり来たり。ここへ来るまでおよそ二キロを歩いてきた。子供の足ではけっこうな距離だというのに、ついさっき到着したばかりの二人は元気いっぱいだ。

 ところが・・・。

 正面からそのやしろへ入って行ったリンの動きが急に(にぶ)りだし、真ん中ほどで両手を下げて立ち止まったのである。

 リンのあとを追いかけていたミーアも、どうしたのかと出入口の前で踏みとどまった。

 それ以上近付くのを、ふと心が、体が躊躇(ちゅうちょ)した。

 背中を向けて真っ直ぐに立っているリンの後ろ姿から、なぜかドキドキするほど嫌なものを感じたからだ。霊能力ではなく、これは本能が察知したことによる拒絶反応。

 異様な空気が漂いだした・・・。

「出て行って。」

 それは、怖いほど低い声。突然のことに訳が分からず、ミーアはショックで声も出ない。

 すると、リンが肩越しに振り向いた。ひどく(かた)い表情の横顔と、片目がゆっくりと向けられる。何よりも、その目を見たミーアはゾッとして、金縛りにでもかかったように立ち(すく)んだ。

 リンの瞳は灰緑色(かいりょくしょく)のはず・・・それが、今は赤色なのである。それも赤茶色や小豆色(あずきいろ)ではなく、人の眼の色としてはおかしいほど鮮やかな赤。

「お願い・・・この土の中に戻されたくないの。」

 再び聞こえた寒気(さむけ)がする声に、ミーアはもう身動きどころか、目を()らすことさえできなくなっていた。

 そこへ、この異様な空気を打ち破る救いの一矢(いっし)が ―― 。

「ミーア!」

 川の方から不意にあがったその声が、この呪縛(じゅばく)を解いたのである。

 反応することができ、目を動かしたミーアは、洞窟の角を曲がって現れた兄のような二人と、そして親しい一頭を確認した。それから、すぐにまたリンを見たが、今度は「あれ・・・。」と、狐につままれたような顔に。

 リンも人気(ひとけ)に気付いてか、向き直っていたその双眸(そうぼう)は元に戻っていた。呆然(ぼうぜん)としてはいるが表情もある。

「大丈夫?」
 少しびくびくしながら、ミーアはそっと声をかけた。

 すると、リンは意味が分からないという戸惑(とまど)いの顔をしている。
「え・・・何?」

 ミーアは驚いた。覚えていない・・・?

「ううん、何でもない。」
 その時の恐怖を忘れようとするかのように、ミーアは笑顔で首を振った。

 そして、つい先ほどの奇妙な出来事を胸にしまった。


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