15. 森のやしろ

文字数 1,620文字

 興奮を(おさ)えきれずに、誰よりも早く村へと駆け戻ってきたリアンは、まずレネの家、そして井戸場のあと畑へ向かって、やっと彼女の姿ともう一人、サムジを見つけることができた。

「レネ!」

 燦然(さんぜん)と輝く太陽のもとで、真っ赤に実ったトマトの収穫中だったレネは、腰を伸ばして声がした方へ首を向ける。

 目で確かめるまでもなく、その声はリアン。彼は、畑の細道を、軽やかに通り抜けてやってきた。レネも驚くほど汗だくで、着衣が肌に貼りついている。

「リアン、そんなに慌ててどうしたの?」
「あった、見つかったんだ。君を助けることのできる木が。」
「・・・木?」

 息をきらせながら、嬉しそうにそう話すリアンとは対照的に、レネは、どうも状況が呑み込めていないきょとん顔。

 リアンは首を(かし)げた。
「もしかして、聞いてないの?」
「ええ、木・・・のことは何も。私を助けることのできる木って?」

 レネも、全く何も聞いていないわけではなかった。ただ、危険な儀式になるので、心の準備をしておくようにという簡単な話だけで、具体的な説明を受けてはいない。

「そっか。レネ、呪いを解く儀式はしなくちゃいけないんだ。」
「ええ、そうね。」
「でも前にも言った通り、普通にやれば君はきっと焼け死んでしまう。それで、特別な木材で特別な建物を造ることになったんだ。それが君を守ってくれる。この森の精霊たちが守ってくれるそうだよ。」

 ここでようやく、サムジもそばへとやってきた。畑のそばのベンチに座って読書をしていたサムジだが、少々自由が利かなくなった体は、とにかく移動に時間がかかる。

「ああ、おじいさん。見つかりました。次は何をすれば。」
「うむ、ご苦労じゃった。それでほかの者たちは。」
「とりあえず、次の指示を聞くために一度戻ってきます。そのあと、時間が許す限り、早速(さっそく)次の準備に取り掛かります。」

 やがて、村の男たちも次々と帰ってきた。

 レネとリアンのため、その全員が外からの仕事の依頼は受けずに、解決までこれに専念すると決めている。そもそも、スラバの村は一体となって動いているので、大工チームが何班かに分かれて平等に仕事に当たる。つまり行動が一緒になるのは、機械的かつ自然な流れなのである。

「サムジさん、おっしゃっていた木が見つかりました。建材として使えるものが。占いの通り、幸い遠くありません。恐らくここから二キロほど離れた崖下の雑木林(ぞうきばやし)、そこに立派なものがまとまって生えていました。それで、もし構わなければ建てる場所をこちらで決めたいのですが。運搬にもそうとうな労力がいりますので、その近くで、ふさわしい所を探そうと思っています。」

 リアンの父親が言った。建築に関する知識も腕も一流の大工である。

「そうじゃな。その方が良いじゃろう。森の神を(まつ)るやしろじゃあ、千年先も()ちぬ場所と、ものをお願いしたい。」

「任せてください。」

 リアンの父親はそう請け合って、仕事仲間たちを振り返った。ベテランも見習いの若者も、誰もが意気込み(あらわ)に気合じゅうぶんである。

 今は正午を回ったところ。昼休憩のあと、まだ動ける時間はたっぷりと残っている。

 そしてその勢いのままに、場所が決まるや、大工たちは翌日からも熱心に作業に取り組んだ。木材のほかにも、必要な建材等を全てそろえるのには時間をとったものの、朝早くから夕方の視界が分かるあいだ、時にはかがり火で照らしながら、夜にも道具の音を響かせた。そうして、サムジが望んだ通りのやしろを、なんと着工から数日で造り上げたのである。

 規模は小さいながら、職人が基礎からしっかりと建築したものだ。驚いたことには、仕事の一環として彫刻のプロも多くおり、その一人が、木彫りの神像一体を、遅れをとらずに完成させていた。

 たった数日で建てることができた理由に、もう一つ、壁が無いというのも挙げられる。

 彼らが造った〝森の神を(まつ)るやしろ〟は、まるで石材でできた円柱が並ぶ、吹き抜けの神殿のようだった。


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